724 神亀元
当山を草創 古記、宮殿壁板写
724 神亀年中
当山を草創 財賀寺縁起
724 神亀年中
当山を開創 本堂棟札
724 神亀年中
行基菩薩の開闢 古記天、宮殿壁板
813 弘仁4.
弘法大師が中興
813
弘法大師が中興 本堂棟札
962 応和2.
大江定基誕生 今昔物語、続本朝往生伝
984 永観2.
大江定基三河の守に補任 続本朝往生伝
985 寛和1.
大江定基力寿を妾となす 三国伝記、力寿碑
986 寛和2.
大江定基力寿を失う、力寿山舌根寺建立 三国伝記、力寿碑、宝物集
988 永延2.
4.26 大江定基出家 元享釈書、宝物集
989 永祚1.
大江定基源信に師事(3月7日に状を奉る)
1003 長保5.
8.25 大江定基、肥前から宗に赴く 紀略
1003 長保5.
9.12 大江定基、杭州東方の明州府に着き、「台宗門目27条」を南湖の知礼に渡す
1034 長元7.
7.10 大江定基、円通大師の称号を受けて没。 宗史
1127 大治2.
5. 1 大般若経363(明伊書写・・明伊は普門寺13世か) 寺蔵
1168 仁安3.
7.30 大般若経515 佐々木荘四郎氏所蔵/日本古写経現存目録
1190 建久年中
源頼朝公再建之時今宮江遷 本堂棟札
1190 建久中
源頼朝公再建之時今宮江遷宮 古記天
1197 建久8.
9. 伝観音山経塚出土法華経(筆師弁海、俊鑒) 辻本勇氏所蔵(芦屋市、奈良博保管)
1225 嘉禄元
10.27 財賀寺大音坊真如坊(滝山寺の落慶法要の請僧として) 瀧山寺文書/岡崎市史6
1261 弘長元. 6.15 牛頭天王造立(社僧財賀寺) 上千両神社棟札/豊川市
1264 文永元.
7. 笙の竹に「三州財賀寺」とあり(足利尊氏奉納) 誉田八幡宮所蔵
1362 正平17.
2.15 涅槃会祭文 (応永19年1412写)
1379 康暦元.
閏4.4 白鳥神社大般若経識語 財賀寺 豊川市史5
1380 康暦2. 庚申 12.19 白鳥神社大般若経識語 財賀寺東谷得明坊 豊川市史5
1382 永徳2 壬戌 財賀寺弟子停休花井寺住持となり、同寺を再建 花井禅寺由来
1387 嘉慶元
8.18 山門恵光院末寺参河国財賀寺門葉 葛川恵光院文書/広島大学猪熊文書1
1395 応永2. 乙亥 6. 石巻神社大般若経識語(巻91)旦那藤太郎、金対資快賢、西谷慈親坊 豊橋市史5
1396 応永3.
9.23 石巻神社大般若経識語(巻95)快賢 豊橋市史5
1397 応永4. 丁丑 7.19 財賀寺弟子停休(花井寺住持)逝去 花井禅寺由来
1405 応永12. 乙酉 8.13 大般若経66 大般若経裏
1405 応永12. 乙酉 8. 4 大般若経90 大般若経裏
1406 応永13. 丙戌 2.17 大般若経37 大般若経裏
1406 応永13. 丙戌 6. 6 大般若経314 大般若経裏
1406 応永13. 丙戌 7.29 大般若経363 大般若経裏
1412 応永19. 壬辰 2.21 涅槃会祭文写 寺蔵
1420 応永27. 庚子 3. 大般若経439 大般若経裏
1394 応永年中
大般若六百巻竹内右衛門大夫寄進 大般若経裏229
1394 応永年中
大般若六百巻竹内右衛門大夫寄進 古記地
1465 寛正6.
7. 8 細川成之遵行状写(細川成之→武田近江守) 寺蔵
1465 寛正6.
7. 8 細川成之遵行状写(細川成之→武田近江守) 古記天
1471 文明3.
12.11 八所権現草創(牧野古伯、住持幸辨) 八所権現棟札
1741 文明3. 辛卯 12.11 八所権現草創(願主牧野古伯、導師財賀寺住持幸辨) 古記天
1472 文明4.
7. 7 (本堂) 財賀寺縁起
1472 文明4.
7. 7 遷堂奉る 宮殿壁板
1472 文明4. 壬辰 7. 7 本堂を今時の堂地に遷す 本堂棟札
1472 文明4. 壬辰 7. 7 本堂遷堂奉る 古記天
1472 文明4. 壬辰 7. 7 本堂を今時の堂地に遷す、「今時」とは天明7年か?1787 古記天
1472 文明4.
11.15 供養了 宮殿壁板
1472 文明4. 壬辰 11.15 財賀寺建立。大旦那牧野修理進利業、同左京守成、飯田兵庫助近長 豊橋市史5参河国聞書
1483 文明15.
4.27 宮殿造営了 宮殿壁板
1483 文明15. 癸卯 4.27 宮殿造営了 古記天
1495 明応4. 乙卯 7.10 財賀寺奥院建立。棟札ニ牧野古白。 豊橋市史5参河国聞書
1495 明応4.
奥院建立 牛久保密談記
1522 大永2. 壬午 3.28 住職瞬紹逝去 過去帳
1523 大永3. 癸未 4.11 大明神社造立(管絃財賀寺衆徒等) 伊知多神社棟札/豊川市
1532 享禄5. 壬辰 大般若経66 大般若経裏
1546 天文15. 丙午 8. 白山先達職について起請文 愛知県史資料編10(桜井寺文書)
1550 天文19.
10. 8 今川義元安堵状(治部大輔→真如坊) 寺蔵
1550 天文19.
10. 8 今川義元安堵状(治部大輔→真如坊) 古記天
1550 天文19.
11. 8 今川義元安堵状写(治部大輔→牧野出羽守) 寺蔵
1550 天文19.
11. 8 今川義元安堵状写(治部大輔→牧野出羽守) 古記天
1553 天文22.
2.10 大檀那御油林次郎兵衛、願主不動坊 阿弥陀如来坐像光
1556 弘治2.
2.18 今川義元安堵状(治部大輔→真如院) 寺蔵
1556 弘治2.
2.18 今川義元安堵状(治部大輔→真如院) 古記天
1557 弘治3.
2.6 今川義元安堵状(→桜井寺)白山先達職を安堵 桜井寺文書
1558 永禄1. 戊午 9.15 北埜神社棟札(遷宮師財賀寺勧学坊) 愛知県史資料編10
1559 永禄2.
5.23 今川義元安堵状(→桜井寺)白山先達職を安堵 桜井寺文書
1560 永禄3. 庚申 11.13 今川氏真安堵状(氏真→財賀寺) 寺蔵
1560 永禄3. 庚申 11.13 今川氏真安堵状(氏真→財賀寺)、財賀寺諸供僧之事 古記天
1561 永禄4. 辛酉 11.16 今川氏真安堵状(氏真→真如院) 寺蔵
1561 永禄4. 辛酉 今川氏真安堵状(氏真→真如院) 古記天
1563 永禄6. 癸亥 2.29 白山先達安堵状(今川氏真→桜井寺) 桜井寺(県史11)
1564
甲子
1564 永禄7. 甲子 本多百介一宮篭城の折岡崎まで神君を先導 三河国柵補松
1565 永禄8. 乙丑 6.7 白山先達安堵状(徳川家康→桜井寺) 桜井寺(県史)
1566 永禄9.
10. 8 住職貞栄逝去 過去帳
1570 永禄13.
9.14 五頭天王薬師如来一宇造(長草町棟札、真如院) 県史資料編11
1578 天正6.
8.15 若一王子造(御油神社棟札、阿闍梨長賢) 県史資料編11
1579 天正7. 戊卯 2.26 賀茂大明神牛頭天王御宝殿(宝飯郡萩下賀茂神社棟札、阿闍梨圓海院財賀寺) 音羽町史1
1585 天正13.
11. 3 寺領安堵状(徳川家康→財賀寺) 三川古文書、愛知県史織豊2
1587 天正15. 丁亥 12.9 若一王子社新造(供僧財賀寺慈歓坊) 久保神社棟札/豊川市史
1587 天正15. 丁亥 12.17 白鳥大明神宝殿造立(導師大阿闍梨財賀寺長賢、供僧慈歓坊頼真) 白鳥神社棟札/豊川市史
1587 天正15.
12.吉 五頭天王祇園宮造立(大木進雄神社棟札、供僧財賀寺真如坊博誉) 愛知県史、織豊2
1589 天正17.
10. 5 財賀寺領差出(賢能→大窪次右衛門) 寺蔵
1589 天正17.
10. 5 財賀寺領差出(三州財賀寺年行事賢能→) 古記天
1590 天正18.
9.11 参河国宝飯郡財賀寺畠帳 寺蔵
1590 天正18.
9.17 参河国宝飯郡財賀寺田帳 寺蔵
1590 天正18. 庚寅 9. 寺域概要書上(延享元年提出、財賀村名主他→赤坂御役所) 古記天
1590 天正時代
財賀寺名寄帳(竹本長三郎家) 宝飯地方史料目録
1593 文禄2.
下条村竹内左衛門経文供養 古記地49
1598 慶長3. 戊戌 9.15 八王子社上葺(宝飯郡行明郷大村棟札、導師財賀寺) 豊橋市史5
1600 慶長5. 庚子 7.15 住職良秀逝去 過去帳
1601 慶長6. 辛丑 4.7 大明神牛頭天王一宇(社僧財賀寺勧学坊) 望理神社棟札/豊川市史
1602 慶長7.
11.14 上葺菟足大明神(導師財賀寺権小僧都良秀) 菟足神社蔵
1603 慶長8.
8.20 財賀寺領之事(権現様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1603 慶長8.
8.20 財賀寺領之事(権現様御朱印)ノ写
1603 慶長8.
8.20 財賀寺領之事(権現様御朱印) 古記天
1604 慶長9.
源泉(権現様御朱印頂戴) 古記地
1611 慶長16. 辛亥 1.5 金山大権現御宝殿一宇(導師財賀寺蓮花院) 中條神社棟札/豊川市史
1614 慶長19. 甲寅 12.18 本堂鰐口寄進 永日記
1616 元和2.
11.吉 天王宮一宇(財賀寺初営印) 牧野町神社/豊川市史
1617 元和3.
2. 2 財賀寺領之事(台徳院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1617 元和3.
2. 2 財賀寺領之事(台徳院様御朱印) 古記天
1617 元和3. 丁巳 11.27 住吉大明神造立(宝飯郡大前村棟札、遷宮財賀寺勧学坊) 永日記U
1617 元和3. 丁巳 11.27 住吉大明神造立(宝飯郡大前村棟札、遷宮財賀寺勧学坊) 住吉神社棟札/豊川市史
1618 元和4. 戊午 4.23 大明神上葺造立(額田郡鳥河村棟札、財賀寺権大僧都源泉) 永日記
1618 元和4.
11.3 若一王子一宇(財賀寺勧学坊) 御油神社棟札/豊川市史
1620 元和6. 庚申 7.18 造立伊勢内外両宮(宝飯郡萩神明者棟札、財賀寺西林坊) 音羽町史1
1621 元和7.
2.18 上葺守宮神社一宇(乙入財賀寺諸人) 守公神社棟札/豊川市史
1621 元和7. 辛酉 11.吉 上葺菟足大明神(導師財賀寺) 菟足神社蔵
1622 元和8. 壬戌 卯.吉 八王子社上葺(大村八所神社棟札、導師財賀寺) 豊橋市神社棟札集成/
1623 元和9. 癸亥 9.28 上葺天王大明神社一宇(財賀寺勧学坊) 望理神社棟札/豊川市史
1623 元和9.
12.23 八王子神社内八幡社造立(宝飯郡赤坂棟札、財賀寺勧学坊) 音羽町史1
1624
甲子
1624 元和10. 甲子 3.7 新造立天王社一宇(財賀寺勧学坊) 進雄神社棟札/豊川市史
1624 元和10. 甲子 3.18 新造立天王八王子社一宇(樽井素盞鳴神社、乙入財賀寺) 神社を中心としたる宝飯郡
1626 寛永3. 丙寅 2.26 新造立山王権現(宝飯郡萩日吉社棟札、財賀寺) 音羽町史1
1626 寛永3. 丙寅 3.18 中興1世源泉逝去 過去帳、位牌
1626 寛永3. 丙寅 3.18 源泉寂→勢応 古記地
1636 寛永13.
11. 9 財賀寺領之事(大猷院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1636 寛永13.
11. 9 財賀寺領之事(大猷院様御朱印) 古記天
1638 寛永15.
1.吉 新造立一宇(勧学坊) 菅原神社棟札/豊川市史
1638 寛永15. 戊寅 12.吉 熊野大権現若一王子一宇(下長山熊野神社棟札、導師財賀寺) 熊野神社棟札/豊川市史
1641 寛永18. 辛巳 1.16 伊知多神社(遷宮阿闍梨財賀寺普賢院法印勢応) 伊知多神社棟札/豊川市
1641 寛永18. 辛巳 4.15 星野神社棟札の写(遷宮之阿闍梨財賀寺普賢院法印勢応) 神社誌資料
1644 寛永21.
8〜11 当二王再興(普賢院法印勢応) 仁王像内部に打ち付け
1646 正保3.
菟足大明神宝殿上葺(遷宮供養導師財賀寺大阿闍梨法印普賢院勢応) 菟足神社棟札
1647 正保4. 3.26 再興守公神一宇(導師財賀寺西林坊) 守公神社棟札/豊川市史
1648 正保5. 戊子 1. 5 2世勢応逝去 過去帳、位牌
1648 正保5. 戊子 1. 勢応寂→快応(=勢融) 古記地
1648 慶安
大明神上葺(小田渕淡州神社、財賀寺勧学坊) 神社を中心としたる宝飯郡
1648 慶安元. 戊子 9.吉 稲荷大明神勧請(小田渕棟札、財賀寺勧学坊) 神社を中心としたる宝飯郡
1648 慶安元. 戊子 9.吉 白鳥大明神勧請(財賀寺勧学坊) 若宮白鳥神社棟札/豊川市史
1649 慶安2. 己丑 5.吉 宮道天神再興造立(宝飯郡赤坂棟札、勧学坊) 音羽町史1
1649 慶安2. 己丑 11.6 宮道天神新造立(宝飯郡赤坂棟札、財賀寺勧学坊) 音羽町史1
1649 慶安2. 己丑 2.13 白鬚大明神上葺(額田郡鳥河村棟札、導師財賀寺西林坊) 永日記
1650 慶安3. 庚寅 11. 牛頭天王造立(社僧財賀寺勧学坊同右京公) 上千両神社棟札/豊川市
1651 慶安4. 辛卯 1. 2 西林坊鏡意死 古記地
1652 慶安5. 壬辰 2.吉 八幡宮建立(稲束神社棟札、供僧財賀寺) 神社を中心としたる宝飯郡
1652 慶安5. 2.吉 新造立天神一宇(財賀寺勧学坊) 菅原神社棟札/豊川市史
1652 慶安5.
2.吉 上葺大明神社(財賀寺勧学坊) 大社神社棟札
1656 明暦2. 丙申 12.吉 児郷前社新造立(宝飯郡長沢児子社棟札、遷宮財賀寺勧学坊教学坊) 音羽町史1
1656 明暦2. 丙申 12.吉 児御前社新造立(宝飯郡長沢棟札、遷宮財賀寺勧学坊教尊房) 永日記U
1657 明暦3. 丁酉 2.11 山王権現社上葺(下五井日吉神社棟札、財賀寺勧学坊) 豊橋市神社棟札集成/
1658 明暦4. 2.吉 新造立賀茂大明神牛頭天王社頭(宝飯郡萩下賀茂神社棟札、財賀寺遷宮勧学坊) 音羽町史1
1658 明暦4.
8.吉 名寄帳 寺蔵
1658 万治1.
12.吉 八王子新造立(御津町金野八柱神社棟札、遷宮財賀寺勧学坊遍祐) 神社を中心としたる宝飯郡
1659 万治2.
4.19 五社天神上葺(棟札、宮僧財賀寺西林坊快恵) 豊橋市神社棟札集成/
1659 万治2.
4.19 熊野三所権現社新建立(棟札、宮僧財賀寺西林坊快恵) 豊橋市神社棟札集成/
1659 万治2.
9.22 神明宮新造(棟札、乙入財賀寺勧学坊) 豊橋市神社棟札集成/前芝神社
1662 寛文2.
鷹の図の絵馬 寺蔵
1663 寛文3. 7. 牛頭天王新造(八名郡橋尾村棟札、財賀寺遷宮勧学坊) 永日記
1664 寛文4. 甲辰 1.吉 八幡宮新造立(遷宮財賀寺勧学坊) 菟足神社棟札/小坂井町
1664 寛文4. 12.15 菟足大明神再興(供僧財賀寺宝性坊勧学坊) 菟足神社棟札/小坂井町
1665 寛文5.
7.11 財賀寺領之事(厳有院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1665 寛文5.
7.11 財賀寺領之事(厳有院様御朱印) 古記天
1665 寛文5.
7.11 定(諸宗法度)写、條々(諸寺院法度)写 寺蔵
1665 寛文5. 乙巳 9.4 住吉大明神(宝飯郡大崎村棟札) 永日記U
1667 寛文7. 丁未 2.27 上葺(星野神社棟札、遷宮西林坊賢覚) 星野神社志
1677 延宝5. 丁巳 9.13 北野天神宮上葺(八名郡深田郷上村棟札、官僧財賀寺西林坊賢覚) 永日記
1678 延宝6. 戊午 2.吉 (小田渕稲荷神社棟札、財賀寺勧学坊) 小田渕稲荷神社棟
1678 延宝6. 2.吉 宮道天神上葺(宝飯郡赤坂棟札、財賀寺勧学坊掃部卿) 音羽町史1
1678 延宝6. 戊午 9. 若宮八幡社新造(宝飯郡赤坂棟札、財賀寺勧学坊) 音羽町史1
1680 延宝8. 10. 5 勧学坊扁祐死→頼祐 古記地
1681 天和年中
本堂、仁王門、鎮守社、文殊堂あり、寺院焼失、以来仮小屋掛 古記地
1681 天和元
鐘銘 永日記
1681 天和元 辛酉 12. 梵鐘銘 古記地
1684
甲子
1684 貞享元 甲子 12.19 3世快応逝去 過去帳、位牌
1684 貞享元 甲子 12.19 快応寂→勢扁 古記地
1685 貞享2.
6.11 財賀寺領之事(常憲院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1685 貞享2.
6.11 財賀寺領之事(常憲院様御朱印) 古記天
1686 貞享3.
田畑新切 古記地
1690 元禄3.
寺領免定検見引帳(元禄3〜延享4) 寺蔵C‐5
1691 元禄4.
深栄に庵室を遣わす(勧学坊関連) 古記地
1693 元禄6.
勢扁隠居→快艶(=覚旦) 古記地
1694 元禄7.
順長夜逃げ(勧学坊関連) 古記地
1696 元禄9.
1. 5 田歌筆記 寺蔵
1697 元禄10.
境内図 寺蔵
1700 元禄13.
門城坊文舜隠居 古記地
1702 元禄15.
門城坊文舜不行跡故逐電、出奔 古記地
1705 宝永2. 乙酉 11.13 西林坊賢覚死→賢意 古記地
1707 宝永4. 丁亥 5.15 山王大権現社内新建立(大崎村棟札之控、財賀寺勧学頼祐) 永日記
1707 宝永4.
三河七御堂ノ一 三河雀
1708 宝永5. 戊子 3.吉 上葺賀茂大明神牛頭天王社頭(宝飯郡萩下賀茂神社棟札、財賀寺遷宮勧学坊頼祐) 音羽町史1
1708 宝永5. 戊子 4.吉 宮道天神新建立(宝飯郡赤坂棟札、財賀寺勧学坊頼祐) 音羽町史1
1710 宝永7.
9. 5 持戒清浄大事(昶遍→昶観) 寺蔵
1711 正徳元
5. 高札の写 寺蔵
1712 正徳2.
大社棟札(財賀寺西林坊賢意) 大社神社棟札
正徳3.
2. 6 断末魔苦法(昶遍→昶観) 寺蔵
1713 正徳3.
『倭漢三才図会』発刊 豊橋市図書館蔵
1714 正徳4. 甲午 12.20 本置田地手形之事金子15両(田主安之丞、橋道→教讃) 古記地
1715 正徳5. 乙未 11. 2 兵右衛門に博奕を今後行わないとの証文(財賀村庄屋安之丞他→財賀寺御住持) 古記地
1715 正徳5. 11.23 4世勢遍逝去 過去帳、位牌
1715 正徳5. 11.23 勢扁寂
1716 享保元
6.21 快艶隠居 古記地
1716 享保元
如海入院(享保4年の文書に入院以来4年とある) 古記地
1716
7. 覚旦逐電 寺蔵C‐7
1716
7. 大風ニ而諸堂寺院破壊 寺蔵C‐7
1716
7.晦 如海入院 寺蔵C‐7
1716
9.23 如海高野山へ出発 寺蔵C‐7
1716
10.24 如海高野山より帰寺 寺蔵C‐7
1716 享保元
定式(如海が作成、福泉坊隆山が承知の書) 寺蔵C‐6
1716 享保元
定式(如海が作成、福泉坊隆山が承知の書) 古記地
1716
西林坊に住しても精勤する旨(御地中福泉坊隆山→御本寺財賀寺御役者中) 古記地
1717 享保2.
2. 享保2年寺領百姓出ニ付覚書 寺蔵
1717 享保2. 丁酉 2.27 御尋ねに付、百姓共の吟味のお願い 寺蔵C‐7
1717 享保2.
3.22 百姓共参府口書に対する口上覚 寺蔵C‐7
1717 享保2.
4.1 西林勧学坊口書に対する口上書 寺蔵C‐7
1717 享保2.
5.27 差上申一札之事(財賀寺領百姓不納米上納ニ付)(百姓九兵衛他3名→寺社奉行) 寺蔵C‐8
1717 享保2.
5.27 差上申一札之事(西林・勧覚裁許証文写1)(西林坊覚意他1名→寺社奉行所) 寺蔵C‐9
1717 享保2.
5.27 差上申一札之事(財賀寺裁許証文写1)(財賀寺如海→寺社奉行所) 寺蔵C‐10
1718 享保3.
7.11 財賀寺領之事(有徳院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1718 享保3.
7.11 財賀寺領之事(有徳院様御朱印) 古記天
1719 享保4. 5. 6 財賀寺隣郷覚(財賀寺→岩室伊右衛門) 古記天
1719 享保4. 3. 諸堂、諸仏の損壊が甚しいので、再興したい(財賀寺如海→寺社御奉行所御役人中) 古記地
1720 享保5.
3. 8 第5世覚旦逝去 墓、位牌、過去帳
1722 享保7. 壬寅 3.7 上葺山王七社(星野神社棟札、頼祐遷宮) 星野神社志
1722 享保7. 壬寅 12.21 賀茂大明神新造建(上萩村、遷宮導師財賀寺現住如海) 永日記U
1724 享保9. 甲辰 9. 八所大権現造建棟札(陀羅尼山財賀寺現住如海造営) 永日記
1724 享保9. 甲辰 9. 八所大権現造建棟札(陀羅尼山財賀寺現住如海造営) 財賀寺八所社棟札/豊川市史
1725 享保10.
2.18 鐘供養塔婆文 寺蔵
1728 享保13. 戊申 2.25 修覆賀茂大明神牛頭天王両戸(宝飯郡萩下賀茂神社棟札、遷宮師福泉坊) 音羽町史1
1728 享保13.
2.15 恵心僧都御作弥陀観音勢至由来(大日如来阿弥陀如来芳山房記之縁、如海) 寺蔵B‐8
1729
11. 5 金銀吹替で米穀高値、元禄15年以来の借金は利金5分以下に(在番悉地院、大乗院→) 古記地
1729
12. 3 書付(享保14.11.5)鳳来寺より到来、4日赤岩山江運贈 古記地
1729 享保14. 12. 5 切支丹證文差出(財賀寺→江戸芝高野御寺両御在番所) 古記地
1729 享保14. 12.13 切支丹、金銀買懸について(高野在番悉地院、大乗院→) 古記地
1730
正.20 書付(享保14.12.13)応賀寺より到来、21日に桜井寺江遣わす 古記地
1730
正. 乾字金通用について(高野在番悉地院、大乗院→) 古記地
1730
3. 5 書付(享保15.正)応賀寺より到来、桜井寺江運贈 古記地
1730
10.12 宗旨證文高野屋敷両在番所江遣わす 古記地
1730 享保15. 12. 阿部川他国役上納、百石に付金一分銀七匁六分(財賀寺→御勘定所) 古記地
1730
12.21 上納金を岩室殿に金二分銀六匁九分五厘、592文持参 古記地
1731
4. 御年礼について(江戸芝高野在番北室院、悉地院→) 古記地
1731
5.26 書付(享保16.4)応賀寺より到来、27日猿投山江遣わす 古記地
1731 享保16.
5.26 御年礼の儀についての御触 古記地(2回あり)
1731 享保16.
11. 三州観音道場来歴(大江白雪著)に財賀寺あり
1732 享保17.
9. 6 第6世住職如海逝去 過去帳、位牌
1732 享保17. 壬子 11.28 上葺児御前社(宝飯郡長沢児子社棟札、遷宮師財賀寺福泉坊) 音羽町史1
1734 享保19.
2.14 第7世住職真海逝去 過去帳、位牌
1735 享保20. 乙卯 ウ3.11 下条村竹内氏納経について(昶観記録) 古記地
1735 享保20. 乙卯 12. 指米延米之儀(四斗、三斗七升)の願い(組頭平治郎、庄屋奥右衛門→御役僧中) 古記地
1735 享保20.
地蔵講式(普門寺昶弘拝写) 寺蔵
1736 元文1. 丙辰 7. 弘法大師像(又は礼盤)造立 寺蔵
1736 元文1. 丙辰 10. 大般若経439、都合128巻ヲ修補 大般若経裏
1738 元文3.
11.17 八所権現書記(棟札写)本堂宮殿壁書写等 寺蔵
1738 元文3. 戊午 11.17 古宮古板之書付写 古記天
1738 元文3. 戊午 八所権現棟札写(野田氏懇望、牧野傳蔵殿江) 古記天
1738 元文3. 戊午 11.17 本堂宮殿之壁書写(野田氏懇望、牧野傳蔵殿江) 古記天
1740 元文5. 庚申 正. 5 高野山御門主へ状上ル 永日記
1740 元文5. 庚申 大般若経397巻奉納(宮崎住真木孫左衛門治喜) 大般若経裏
1740
3. 2 無量寿院門主下向御当着 永日記
1741 寛保元. 辛酉 3. 造立弁才天宮一宇 棟札
1741 寛保元. 辛酉 9. 八所大権現遷宮棟札(遷宮導師現住昶観) 永日記
1742 寛保2.
6. 5 覚(今川家判物等取調につき、付、取調経過覚)(財賀寺→赤坂役所) 寺蔵C‐13
1742 寛保2.
6. 5 覚(今川家判物等差出)(財賀寺→赤坂役所) 古記天
1742 寛保2. 壬戌 7. 6 覚(今川家判物等取調につき取調経過覚)(財賀寺現住昶観) 古記天
1742 寛保2.
7.29 行者了源吉夢有り、千手観音洗う 永日記
1742 寛保2. 壬戌 12.15 大般若経奉納(施主真木孫左衛門治喜、同長太夫勝乗→財賀寺) 木箱
1744
甲子
1744 延享元. 甲子 11. 寺域概要書上(村明細帳)(名主奥右衛門他2名→赤坂御御役所御役人中様、数冊) 古記天
1744 延享元.
11. 寺域概要(名主奥右衛門他2名→赤坂役所役人中) 寺蔵C‐14
1744
11. 神尾若狭守様御廻村御用ニ付承合書付覚(元文5年より当年まで) 古記天
1744 延享元. 甲子 11. 書付(村明細帳)(庄屋奥右衛門他2名→赤坂御役所御役人中様) 古記天
1745 延享2. 5.28 第8世住職昶観逝去 過去帳、位牌
1745 延享2. 5.28 昶観21日より煩い、28日逝去、平等院等へ遷化の届状差出 永日記
1745
5.29 赤岩山、法言寺、梅英法印焼香導師相頼葬送之儀相済 永日記
1745
5.30 三日目ノ法事執行、法言寺、伴僧三人、共廻格式ニテ 永日記
1745
6. 3 赤岩ヘ使僧門谷寺差遣(導師等の御礼) 永日記
1745
6. 3 後住に昶如を付属、高野山平等院ヘ届 永日記
1745
6.17 飛脚帰着、後住之義早速相済 永日記
1745
6.26 重ねて飛脚、扇子料等を平等院と御寺務江御届 永日記
1745
7. 3 三十五日ニ当り施餓鬼相営む 永日記
1745
7.10 飛脚帰り、検校様より御返簡到来 永日記
1745
7.21 昶如、雲谷より格式にて移住之儀相済 永日記
1745 延享2.
7.21 入院祝儀出入覚帳(昶如代) 寺蔵
1745
7.22 本尊開帳致拝し申、雲谷からの従者帰る 永日記
1745
8. 3 雲谷後住職ノ仁相願遣申 永日記
1745
8. 4 入院祝儀之ため村方百人程に飯給、村方より祝儀あり 永日記
1745
9. 9 昶観師百¹日ニ当り石塔建立 永日記
1745
9.16 昶如、入院後初めて赤坂御代官江罷出 永日記
1745
9.20 昶如、雲谷ヘ越、吉田知音中ヘ見廻、赤岩ヘ立寄、雲谷ヘ行く 永日記
1745
9.26 昶如、浜松へ参る、10月1日雲谷迄帰る、10月9日帰寺 永日記
1745
10.12 普門寺後住に彦春 永日記
1745
11.13 雲谷ヘ入院賀ニ扇子金子等持遣わす 永日記
1745 延享2. 乙丑 大般若経397巻奉納(宮崎住真木孫左衛門治喜) 大般若経裏
1746 延享3. 丙寅 正. 御朱印御改4月まで 古記地
1746 延享3. 丙寅 正. 6 赤坂御役所より御朱印之触状参ル、同月9日御請状御役所へ遣す 古記地
1746 延享3.
1. 永日記 寺蔵
1746
2.26 赤坂御役所へ出府之届、門谷寺吏僧ヲ遣す 永日記
1746 延享3.
3.朔 御朱印御改之節覚書(財賀寺現住昶如→) 寺蔵C‐15
1746
3.朔 元2月28日ニ首途 永日記9
1746
4下 出府より帰寺後、御役所へ吏僧遣ス 永日記
1746
4下 宝乗普門寺ヘ入院 永日記
1747
丁卯 6. 2 朝鮮人来朝ニ付魚鳥野菜等差出について 永日記
1747 延享4.
8.11 財賀寺領之事(惇信院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1747 延享4.
8.11 財賀寺領之事(惇信院様御朱印) 古記天
1747 延享4. 丁卯 般若経祈祷札、法印昶如 仁王門打付札
1748 延享5.
2下 村方ヘ救金三両出ス 永日記
1748 延享5. 戊辰 4. 7 華堂造立(普門寺塔司蓮蔵坊快厳誕生仏寄付)昶如 華堂
1748 延享5. 戊辰 初夏 棟札 棟札
1748 寛延元.
9. 9 赤坂御役所ヨリ触状参ル、御朱印高地所之書付翌日出ス 永日記
1748 寛延元. 9. 覚、高161石余、国役高ハ163石2斗8升9合(財賀寺→御朱印表) 永日記
1748 寛延元. 戊辰 10. 御朱印頂戴赤坂御代官天野助次郎殿 古記地
1748 寛延元.
10.23 10月17日に赤坂御役所より触状到来、御朱印頂戴之儀23日 永日記
1750 寛延3.
高野山本寺ヘ融存平等院集議昇進、桜池院ニ付之由、同門中申合祝儀 永日記
1750 寛延3.
2. 平等院が江府在番、同門中六ケ寺で祝儀 永日記
1750 寛延3.
2. 5 平等院江府ニ下向、御油宿止宿 永日記
1750 寛延3.
8. 諸證亀鏡(財賀寺→) 寺蔵
1751
ウ6 大御所様御他界御触状到来、参府、拝礼不相叶 永日記
1751 寛延4. 辛未 11. 1 天神宮修補(八名郡深田郷上村棟札、遷宮師財賀寺福泉昶応) 永日記
1751 寛延4. 辛未 11. 1 天神宮修補(八名郡深田郷上村棟札、遷宮師財賀寺末阿闍梨門谷寺隆師海) 永日記
1752 宝暦2. 正.15 御年頭ニ出足、大福・摩訶同道ニ而下向 永日記
1752 宝暦2. 9.18 平等院吏僧春教と申僧順回到来、21日迄逗留 永日記
1752 宝暦2.
観穣田記 寺蔵
1753 宝暦3. 葵酉 4. 八所権現上葺?棟札(法印上人昶如) 永日記
1753 宝暦3. 葵酉 8.吉 遷宮児御前社(宝飯郡長沢児子社棟札、導師財賀寺末隆海) 音羽町史1
1755
4. 大井川金当ル百石ニ付金壱分拾匁三分ツツ也 永日記
1756 宝暦6. 丙午 8.25 大般若経515(仁安3年本ノ別筆) 佐々木荘四郎氏所蔵/日本古写本現存目録
1756 宝暦6.
11.6 地蔵講式(昶如写) 寺蔵
1756 宝暦6. 丙子 11. 大般若経56 大般若経裏
1756 宝暦6. 丙子 11. 大般若経261 大般若経裏
1756 宝暦6. 丙子 11. 大般若経419 大般若経裏
1756 宝暦6. 丙子 ウ11. 大般若経88 大般若経裏
1756 宝暦6. 丙子 11. 大般若経66、百有余巻修補 大般若経裏
1756 宝暦6. 丙子 12.21 大般若経229 大般若経裏
1756
平等院宥神集議昇進ニ付門中申合祝儀 永日記
1757
丁丑 正.28 言写般若供養、半日本尊開帳致也 永日記
1758
戊寅 正.26 平等院宥神在番下向、2月3日御油宿御泊 永日記
1758
戊寅 村方困窮ニ付籾種代ニ金一両二分遣ス 永日記
1758 宝暦8. 戊寅 天神宮修補(八名郡深田郷上村棟札、遷宮師財賀寺福泉坊昶応) 永日記
1758 宝暦8.
9.20 伝法許可密印(宏神→昶純) 寺蔵
1758 宝暦8.
9.20 授印可(宥神→昶純) 寺蔵
1758 宝暦8.
11.26 印可(覚憲→昶純) 寺蔵
1759
己卯 正.12 御年礼番相当発足、20日出府、23日在番所、2月30日江戸出足、3月7日帰寺 永日記
1759
正. 村方困窮ニ付救トシテ千両小路新林不残遣ス、吉田領分抔ハ飢渕扶持銭ヲ出ス 永日記
1759 宝暦9.
4. 7 印信(覚宝→昶純) 寺蔵
1759 宝暦9.
4. 7 印信(覚憲→昶純) 寺蔵
1759 宝暦9.
4. 7 伝法潅頂阿闍梨職位事(覚憲→昶純) 寺蔵
1759 宝暦9. 7. 遠州御普請ニ付国役金上納請取(岩土伊右衛門手代長谷川嘉内他→財賀寺御役僧) 古記天
1759
10.16 教宣智春両人加行成就 永日記
1760
御触(鎮守八所権現社他神社を報告せよ) 永日記
1760
正.22 当春本尊開帳年ニ相当リ赤坂御役所ヘ開帳の届 永日記
1760
2. 2月下旬より三七日ノ間開帳 永日記
1760
4. 御触によって在番所へ書付差出(財賀寺→江戸芝貳本榎高野御寺両御在番所) 永日記
1761 宝暦11. 辛巳 正. 御朱印御改4月まで 古記地
1761
2. 1 御朱印御改に付発足、普門寺同道、3月18日江戸発足、木曽路より4月1日着 永日記
1761 宝暦11. 辛巳 2.望 大悲殿の額の書をいただく 寺蔵
1761 宝暦11. 辛巳 4. 天神社上葺(八名郡橋尾村棟札、遷宮師陀羅尼山蘇悉地院財賀寺) 永日記
1761 宝暦11. 辛巳 4. 牛頭天王社上葺(八名郡橋尾村棟札、遷宮師陀羅尼山蘇悉地院財賀寺) 永日記
1761 宝暦11. 辛巳 7. 大明神尊上葺(額田郡鳥河村棟札、導師林瑞坊実香) 永日記
1762
3. 平等院宥神師三月中灌頂執行 永日記
1762 宝暦12. 壬午 5.17 大悲殿額を掲げる 大悲殿額裏面
1762 宝暦12.
8.11 財賀寺領之事(浚明院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1762 宝暦12.
8.11 財賀寺領之事(浚明院様御朱印) 古記天
1763 宝暦13. 8.22 財賀寺領近隣村々并御料宿江道法書面(財賀寺→岩出伊右衛門・御役所) 永日記
1763
8.26 赤坂御役所より触によって差出書面(財賀寺役僧→岩出伊右衛門・御役所) 永日記
1764 宝暦14.
2.  血脈(高野山慈昭院 居善慶) 寺蔵
1764
8.28 赤坂御代官替相、30日ニ吏僧遣ス(新代官真野宗十郎) 永日記
1764
10.11 御朱印渡ニ付赤坂御陣屋ヘ、12日頂戴 永日記
1764 明和元. 甲申 10. 御朱印頂戴赤坂御代官殿 古記地
1765 明和2. 乙酉 5.28 不動三尊画像寄付(赤坂関川住足立忠左衛門→昶如) 不動三尊軸裏面
1766
正.13 御年頭相当発駕、21日江戸、2月15日巻数献上 永日記
1766 明和3. 丙戌 2.19 羽鳥大明神社上葺(宝飯郡足山田村棟札、遷宮師財賀寺住侶昶純) 永日記
1767 明和4. 丁亥 2.29 牛頭天王社上葺(長草村棟札、遷宮師陀羅尼山財賀寺法印昶如) 永日記
1767 明和4. 丁亥 11. 八所権現上葺棟札(法印昶如、大板葺新作) 永日記
1767
平等院碩学昇進ニ付祝儀状遣ス 永日記
1768 明和5. 戊子 4. 7 牛頭天王社上葺(上千両村棟札) 永日記
1768
4. 在番所より触、尋ねに差出(財賀寺→江戸芝−−両在番所) 永日記
1768 明和5.
7.29 潅頂(昶恵→昶純) 寺蔵
1769 明和6.
『参河国三十三所順礼詠歌』発刊(文化元年1804年再刻)
1769
7.28 7月中彗星出ル、長一間余、夏中10日ホドノ間星出ル 永日記
1770 明和7.
4〜 高札の写 寺蔵
1770 明和7. 庚寅 10.吉 奉納前句附(願主当山麓亀月堂、当国府車月堂) 寺蔵
1770 明和7. 庚寅 12. 旱魃ニ而困窮、山林若木松を遣わす 永日記
1771 明和8. 辛卯 6.吉 宮道天神奉修水天供(宝飯郡赤坂棟札、陀羅尼山大法主) 音羽町史1
1771 8 5.27 御即位他 永日記
1771
入梅雨不降、雨乞祈祷、五十年来の五月渇水 永日記
1771
村方困窮ニ付救米 永日記
1772
2.29 30日まで江戸大火 永日記
1772
3. 村方籾種ヲ拝借 永日記
1772
3.28 庄屋を奥右衛門から佐次右衛門に、組頭を佐次右衛門から武兵衛に 永日記
1772
6. 3 平等院宥神師遷化、7月18日知せ状来、25日遠三末門中申合香料差上 永日記
1772
8. 2 大風、21日も大風、遠州より関東辺ハ前代未聞ノ大風ノ由 永日記
1772
8.28 平等院入院祝儀状出ス 永日記
1772
9. 平等院より悔状の返書8月21日付に而来着 永日記
1772
11.26 平等院集議昇進ノ祝儀出ス 永日記
1773 安永2. 癸巳 巻数献上の手札(財賀村財賀寺→寺社奉行所¥役所) 寺蔵C‐6
1773
御年頭ニ而出府、2月16日巻数献上 永日記
1773
6.18 18〜19日大風雨 永日記
1773
9. 御触によって証文絵図差し出す事 永日記
1774
6.23 大風、上方甚敷風雨之由、5月田植水払底水少 永日記
1774
8. 3 平等院主替(雲海清−房)入院祝儀(財賀寺→平等院様御同宿中) 永日記
1774
8. 御室御所御灌頂ニ付、御勧物金百疋御在番所迄差上 永日記
1774
9.19 高野山西院谷無量光院より出火、古今の大火ノ由 永日記
1774
10.25 (平等院入院祝儀の)返書来ル 永日記
1775
3. 8 智瑞登山致させ候、4月14日帰国 永日記
1775
7.10 新代官に御悦申上の代僧を遣ス(→御代官大草太郎左衛門殿) 永日記
1775 安永4.
孟夏 『三河国刪補松』発刊
1775 安永4. 良宮様親王宣下ニ付御助勢物差出の知らせあり(御触の序) 永日記
1775 安永4.
11.26 権律師任命(→権律師昶慶) 寺蔵
1775
12.初 摩訶耶寺入院披露ニ来 永日記
1775 安永4. 乙未 ウ12. 稲荷大明神造作(大崎村棟札、遷宮沙門大越家妙寿院) 永日記
1776
2.16 応賀寺入院披露ニ見ユ、4月5日祝義遣ス 永日記
1776 安永5. 3.24 親王への助勢差出 永日記
1776 安永5. 丙申 7.望 昶如、力寿碑を建立 力寿碑
1776
摩訶耶寺入院祝義ニ参 永日記
1776
11.12 大福寺へ寺造立之見廻旁立寄 永日記
1777 安永6. 丁酉 5.28 先師昶観三十三回忌 永日記
1777 安永6. 丁酉 6. 寺領壱村之百姓代々真言宗ニ而末寺門谷寺檀那ニ候(財賀寺→両在番所) 永日記
1777 安永6. 丁酉 8.11 牛頭社宮上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺門谷寺) 棟札
1777 安永6. 丁酉 8.11 牛頭社宮上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺門谷寺) 永日記
1777
8. 護摩堂屋祢瓦葺替足、瓦金貳両二分程 永日記
1778
戊戌 4.11 駿府臨済寺勧化物差出 永日記
1778 安永7. 戊戌 4. 白鬚大明神上葺(額田郡鳥河村棟札、遷宮師陀羅尼山財賀寺住侶) 永日記
1778 安永7. 戊戌 社宮司神祠修復(下千両村遷宮棟札) 永日記
1778 安永7. 戊戌 村方組頭給事、給米壱俵四斗与書ベシ 永日記
1778
戊戌 福泉坊寺引材木小屋福泉坊跡へ移す 永日記
1779
3.24 江戸大納言薨御、普請鳴物等停止 永日記
1779
5.13 去11月中より時々震動到て大ナリ地震同様家ノ動クホト也 永日記
1779
9.27 住職之儀民梁江附属致度(財賀寺昶−→平等院様玉机下) 永日記
1779
10. 1 灰が降り積る 永日記
1779
11.22 平等院より御返簡10月16日付ニ而来る 永日記
1779 安永8.
3.10 権大僧都補任状(→権大僧都昶慶) 寺蔵
1779 安永8. 11. 昶慶入院 永日記
1779
12. 1 後住入院の御礼(財賀寺故住持昶如→平等院様玉床下) 永日記
1779
12. 1 入院挨拶(財賀寺昶慶→平等院様御同宿中) 永日記
1780
正. 9 入院挨拶(財賀寺昶慶→平等院様御近侍中) 寺蔵
1780
正.11 入院挨拶(財賀寺昶慶→平等院様御同宿中) 寺蔵
1780 安永9. 庚子 正. 御年礼之節覚記并高野灌頂校衆入用等記 寺蔵C‐6
1780 安永9. 庚子 正.12 御年礼ニ参府出足、2月16日在番所へ罷出、2月25日帰寺 永日記
1780 安永9. 正. 年頭出府ニ付老師昶如より20両預かる(昶慶記録覚) 古記地
1780 安永9. 3. 6 入院之営致ス、村方へ披露 永日記
1780
3.11 入院継目を赤坂御役所に申上 永日記
1781 天明元. 辛丑 3.12 入院継目ニ本山平等院へ参登出足、4月25日着登、閏5月帰 永日記
1781 安永10.
4. 1 除紅紫色衣免許(→法印昶慶) 寺蔵
1781 天明元.
5.16 印信(覚宝→昶慶) 寺蔵
1781 天明元.
5.16 印信(覚宝→昶慶) 寺蔵
1781 天明元.
5.16 潅頂(覚宝→昶慶) 寺蔵
1781 天明元.
5.16 潅頂(覚宝→昶慶) 寺蔵
1781 安永10. 辛丑 5. 社宮司神祠修復(下千両村遷宮棟札) 永日記
1781 安永10. 5. 弁才天社上葺、遷宮 棟札
1781 天明元. 辛丑 6. 天神社上葺(八名郡深田郷上村棟札、遷宮師陀羅尼山財賀寺住侶昶厳) 永日記
1781
9. 高雄山御請来両界大破ニ付御勧進上納、宗旨証文在番所へ差出 永日記
1781 天明元.
11.21 尭善剃髪 永日記
1781 天明元.
12. 5 権僧都任命(→権律師昶厳) 寺蔵
1782 天明2. 9.15 平等院集議昇進祝儀 永日記
1782
高祖九百五十御遠忌ニ付、平等院へ助成致 永日記
1782
い艸山木数百本惣百姓へ山初穂金三歩上遣 永日記
1782 天明2. 12. 払納米貳拾俵ニかへ御馬石黒与次兵衛、国府平松平次郎へ 永日記
1783 天明3.
6. 仁王門屋根葺き替え 仁王門鬼板墨書(明治22年)
1783 天明3. 葵卯 7. 7 上州草津浅間山噴火、米値上がり 永日記
1783 天明3.
8.20 権大僧都任命(→権大僧都昶厳) 寺蔵
1783 天明3. 葵卯 11. 当山払米値段、御馬与次兵衛と為当坂蔵へ遣ス 永日記
1784
黒米壱斗代百文、アラ麦壱斗72文、皆高直万姓困窮難儀 永日記
1784 天明4. 甲辰 国府藤屋源兵衛本尊江1両3歩施入(昶慶記録覚) 古記地
1784
7.10 大木村嶋田惣十郎本尊宝前施物金5両(昶慶記録覚) 古記地
1784 天明4. 甲辰 10. 1 第9世住職昶如逝去 過去帳、位牌
1784
9.10 日下部村田中角兵衛金2両(昶慶記録覚) 古記地
1784
9.10 一ノ宮村近田新蔵本前江志預かる金1両(昶慶記録覚) 古記地
1785 天明5. 2. 4 平等院雲海師江戸在番下向正月28日高野発足、御油宿着 永日記
1785
2.30 江戸表へ御謝詞書状差出(雲海師へ) 永日記
1785
8.18 大木村嶋田氏本尊宝前折敷施入金2両他都合10両(昶慶記録覚) 古記地
1786 天明6. 丙午 4.15 熊野三社権現上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺末門谷寺) 永日記
1786 天明6. 丙午 4.15 犬頭社宮上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺内昶義) 永日記
1786 天明6. 丙午 4.15 諏訪大明神再造立(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺内昶義) 永日記
1786 天明6. 丙午 6.22 宗門人別御改并7年目人別帳帳面差出の御触到来 永日記
1786 天明6. 丙午 8. 安永8年〜天明6年宗門帳(三州宝飯郡財賀村財賀寺→江戸芝貳本榎両御在番所) 永日記
1786 天明6. 丙午 8. 尊重護穀大妙神社(千艸郷棟札、遷宮師妙寿院) 永日記
1786 天明6. 丙午 9. 8 家治公薨御、10月28日御触之趣廻章到来即刻桜井寺へ順達 永日記
1786 天明6. 丙午 10.26 本末并御朱印高を末三月迄ニ在番所ヘ差出御触、并国役御触到来 永日記
1786 天明6. 丙午 五穀高直、当村江も山ヲ遣ス、四両村中へ遣ス 永日記
1787 天明7. 丁未 正.17 御年礼ニ而、9日吉田ニ付、17日江戸着、2月巻数献上、26日帰寺 永日記
1787 天明7. 丁未 御朱印高等差出(三州財賀村財賀寺→江戸芝貳本榎高野御寺両御在番所) 永日記
1787 天明7. 丁未 牛頭天王宮葺納(上千両村棟札、遷宮師陀羅尼山財賀寺住侶内昶義) 永日記
1787 天明7. 丁未 3. 村方困窮ニ付金ヲ、5月には米を遣わす 永日記
1787 天明7. 丁未 6. 3 御朱印御改御触江戸高野在番所より到来、7月より9月迄御改 永日記
1787 天明7. 丁未 6. 5 御朱印御改ニ付赤坂御役所より書状 永日記
1787 天明7. 丁未 6. 7 御朱印御改ニ付(財賀寺→赤坂御役所時ノ代官大草太郎左衛門殿、元〆内藤為蔵) 永日記
1787 天明7. 丁未 7. 御朱印御改9月まで(文化4年記述) 古記地
1787 天明7.
7. 大草太郎左衛門殿支配の節御尋ニ付差出候書付之扣(財賀寺役僧→赤坂役所) 寺蔵
1787 天明7. 7. 大草太郎左衛門殿支配の節御尋ニ付差出候書付之扣(財賀寺役僧→赤坂役所) 古記天
1787 天明7. 7. 御尋ニ付差出候書付を以申上候(財賀寺役僧→赤坂役所) 永日記
1787 天明7. 7. 御尋ニ付差出候書付を以申上候(三州宝飯郡財賀村財賀寺役僧→赤坂御役所) 古記天63
1787 天明7. 丁未 9. 7 御朱印御改 永日記
1787 天明7.
9. 御朱印御改 永日記
1787 天明7. 丁未 本堂宮殿壁板書付写(今時之堂ハ三河七御堂ノ内ニテ足立藤九郎盛長建立共云也) 古記天
1787 天明7. 丁未 本堂宮殿壁板書付写(今時之堂ハ三河七御堂ノ内ニテ足立藤九郎盛長建立共云也) 古記地
1788
3. 上旬尭善高野山灌頂登山、4月6日帰国 永日記
1788 天明8.
9.11 財賀寺領之事(文恭院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1788 天明8.
9.11 財賀寺領之事(文恭院様御朱印) 古記天
1788 天明8. 10. 弘厳加行4月上旬開白、10月中旬結願 永日記
1789 天明9. 己酉 2. 4 平等院江戸在番役ニ而御油宿へ 永日記
1789 天明9.
(文殊堂)再建 諸記録34
1789 寛政元. 3. 赤坂御役所大草太郎左衛門与入替野田松三郎殿 永日記
1789 寛政元. 3. 諸災害のため施餓鬼修行之御触到来、4月2日ニ赤坂御役所江札守献上 永日記
1789 寛政元. 己酉 3.24 文殊堂再造立棟上 永日記
1789
12. 御朱印御改の御達 永日記
1790 寛政2. 庚戌 2.15 御朱印渡り赤坂より御触中泉より廻文8日に到来、13日発足、浜松で頂戴、16日帰寺 永日記
1790 寛政2. 2.15 御朱印頂戴中泉御代官山田茂左衛門殿(文化4年記述) 古記地
1790 寛政2. 庚戌 2.18 御朱印請書之事(財賀寺昶慶→山田茂左衛門) 永日記
1790 寛政2. 庚戌 2. 御代官山田茂左衛門殿之節、於中泉御役所頂戴 永日記
1790
4. 1 出府之節赤坂江差出候書付之扣、口上之覚(財賀寺→赤坂御役所) 永日記
1790
ウ4. 5 出府之節赤坂江差出候書付之扣、口上之覚(財賀寺役僧→赤坂御役所) 永日記
1790
6. 5 御朱印御改之儀相済、3日帰寺との差出(財賀寺→赤坂御役所) 永日記
1790 寛政2. 7. 12月中旬迄本堂縁再興并手摺新造立 永日記
1790 寛政2. 7. 境内模様等を7月より12月迄差出 永日記
1790 寛政2.
11. 山田茂左衛門殿御代官所三河国宝飯郡財賀村絵図間数書(写)(財賀寺→寺社奉行所) 寺蔵
1790 寛政2.
12. 本堂宮殿壁板書付写之 寺蔵
1790
八所権現鳥居再興 永日記
1790 寛政2.
財賀寺建坪間取絵図写(財賀村財賀寺→寺社奉行所) 寺蔵
1791 寛政3. 辛亥 本堂内陣外陣後堂但シ屋根共ニ修復ス 永日記
1791 寛政3. 辛亥 4.6 柏木大明神遷宮(長草村棟札、遷宮師門谷寺□恵) 永日記
1791 寛政3. 6. 赤坂御役所新御代官辻甚太郎(←山田茂左衛門)、本〆田口藤蔵 永日記
1792 寛政 2. 高野山遍照光院昶恵師寿御門主職御召ニ付参府、祝儀 永日記
1792
ウ2.20 平等院雲海師江戸御召ニ付参府 永日記
1792 寛政4. 壬子 7.27 本尊開帳三十三年ニ相当リ8月18日迄開扉 永日記
1792 寛政4.
仁王門正面灯篭建立 仁王門灯篭
1793 寛政5.
漂民御覧之記 寺蔵
1793 寛政5. 葵丑 6. 八所大権現遷宮上葺社頭修復(棟札、現住法印昶慶) 永日記
1793 寛政5. 葵丑 6. 八所権現遷宮上葺社頭修復 永日記
1793 寛政5. 葵丑 12. 江戸御年頭御断書状写(三州宝飯郡財賀寺→江戸芝貳本榎高野山両御在番所) 古記地
1793
12. 江戸七年目御年頭御断口上(財賀寺→芝貳本榎高野御屋敷両御在番所) 寺蔵
1793
12.18 年頭断りの江戸在番よりの書状(正覚院、高善院→財賀寺法衲) 古記地
1793
12.19 年頭断りの江戸在番よりの書状(正覚院、高善院→財賀寺法衲) 永日記
1794 寛政6. 2. 御年頭参府年ニ当リ候 永日記
1794 寛政6. 4. 御祭前、東照権現上葺修復 永日記
1794 寛政6. 10. 2 平等院雲海師無量寿院江御祷御門主職御昇進、遠三六ケ寺申合祝儀 永日記
1794 寛政6. 甲寅 11.15 仁王門ニ石燈籠建、宝前永代油料金1両(当所佐治右衛門より)(昶慶記録覚) 古記地
1794 寛政6.
仁王門灯明料金2両(為当四郎左衛門、国府平松弥右衛門より)(昶慶記録覚) 古記地
1795 寛政 2.24 尭善高野山ニ遣ス 永日記
1795 寛政7. 7. 神君様由緒の御鏡所在の寺院調べ(高野山学侶両在番所→) 古記地
1795 寛政7.
9.28 雲海師無量寿院へ御移後、庭儀灌頂執行,10月3日にも 永日記
1795 寛政7. 11. 東照権現様御宮建立ニ付寄付等あらば書付差出事(高野山学侶両在番→) 永日記
1796 寛政8. 正.19 卯11月の御触中郷より到来 永日記
1796 寛政8. 2.19 平等院雲海江戸通行御油御泊リ 永日記
1796 寛政8. 丙辰 2. 東照権現御宮の報告(三州財賀寺→江戸芝貳本榎高野御屋鋪両御在番所) 永日記
1796
2. 東照権現御宮の報告(三州財賀寺→江戸両御在番所御役僧中) 永日記
1796 寛政8.
3.10 潅頂(義弁→昶運) 寺蔵
1796 寛政8.
4.10 潅頂(義弁→大法師昶運) 寺蔵
1796 寛政8.
4.10 血脈 寺蔵
1796 寛政8.
4.10 潅頂(義弁→法印昶運) 寺蔵
1796 寛政8.
4.10 印信(義弁→昶運) 寺蔵
1796 寛政8.
4.10 秘密潅頂(義弁→昶運) 寺蔵
1796 寛政8.
4.10 唯授一人大事(義弁→昶運) 寺蔵
1796 寛政8. 丙辰 7. 神君様由緒の御鏡所在の寺院調べ 古記地
1796 寛政8.
12. 本堂再建用植林につき(願主坂蔵他6名→財賀寺) 寺蔵
1796 寛政8.
12. 本堂再建用植林につき(願主坂蔵他6名→財賀寺)写 寺蔵
1796 寛政8. 12. 本堂再建用植林につき(当国為当村願主坂蔵他6名→財賀寺) 永日記
1796 寛政8. 丙辰 12. 本堂再建用植林につき返信(陀羅尼山財賀寺現住昶慶→) 永日記
1796 寛政8. 丙辰 12. 本堂再建用植林につき返信(陀羅尼山財賀寺現住昶慶→) 古記地
1796 寛政8. 12. 本堂再建冥加上納ニ付 寺蔵B‐9
1796 寛政8. 丙辰 12.12 利足を本堂修復の助成に金十両(為当村坂蔵、長三郎)(昶慶記録覚) 古記地
1796 寛政8. 丙辰 本寺平等院義辨諦運師御入院(昶慶記録覚) 古記地
1797
2. 平等院に義辨諦運房入院 古記地
1797
2.23 平等院に義辨諦運房入院の知らせ普門寺より到来冨賀寺江遣す 古記地
1797
2.28 平等院に義辨諦運房入院祝詞財賀寺普門寺法言寺で300疋 古記地
1797
平等院義辨諦運師集儀昇進 古記地
1797 寛政9. 丁巳 5.11 犬頭社宮上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺住侶昶運) 永日記
1798 寛政10.
6.15 権少僧都任命(→権少僧都昶運) 寺蔵
1800 寛政12. 庚申 1.10 財賀寺縁起 寺蔵
1800 寛政12. 庚申 4.18 羽鳥大明神社上葺(宝飯郡足山田村棟札、遷宮師財賀寺住侶昶運、助衆昶賢) 永日記
1800 寛政12. 庚申 6.10 平等院末門中議定書写(財賀寺→林伊太郎殿御代官所近所) 古記地
1800 寛政12.
10. 5 権大僧都任命(→権大僧都昶運) 寺蔵
1800 寛政12. 庚申 12. 1 先師昶慶後住願書差出 諸記録
1800 寛政12. 庚申 12. 1 後住職之儀尭善ニ付属仕度願書(財賀寺昶慶→平等院様御同宿中) 永日記
1800
12. 1 昶遍前官五十回忌ニ付寿門主江書状之扣并追書後住之筋申上ル(昶慶→無量寿院) 永日記
1800
12. 1 昶慶後住願書差出 永日記
1800 寛政12. 庚申 12.22 御年頭出府用意 寺蔵C‐6‐M
1800 寛政12.
諸記録(陀羅尼山現住昶運) 寺蔵
1800 寛政12. 庚申 本堂三十三観音堂建立 三十三観音堂棟札
1801
辛酉 正.15 本寺より後住許可状到来 諸記録
1801
辛酉 正.15 平等院より後住許可状到来 永日記
1801
辛酉 正.15 平等院より返翰之写到来、12月13日付(平等院義辨→財賀寺主衲) 永日記
1801
正.15 寿門主より返翰之写到来、12月13日付(無量寿院雲海→財賀寺主衲) 永日記
1801
辛酉 正.17 平等院役僧迄当寺留守居より請書差出 諸記録
1801
辛酉 正.17 平等院役僧迄当寺留守居より請書差出(財賀寺留守居→平等院様御役僧中) 永日記
1801
辛酉 2.16 28日御礼登城、2月16日巻数献上、月末3月上旬帰国 永日記
1801
辛酉 2.28 老師出府より帰峯 諸記録
1801
2.28 昶慶帰寺 永日記
1801
辛酉 3. 8 故住持昶慶并当体より本寺江書状差出 諸記録
1801
3. 8 後住承知の御礼(財賀寺故住持昶慶→平等院様御同宿中) 永日記
1801
3. 8 継目之御届、3月10日飛脚差出(財賀寺昶運→平等院様御同宿中) 永日記
1801
辛酉 6.22 本寺より返翰到来 諸記録
1801 享和元.
4.上 手中通用記并手作田畑役地高覚 寺蔵
1802 享和2. 壬戌 2.26 財賀寺昶運普門寺義英廟参旁登山発足 諸記録1
1802 享和2. 3. 5 義英法印叙目 古記天70
1802
3. 5 昶運普門寺義英勧修寺宮様ニ而次第官并色衣御令旨頂戴 諸記録1
1802 享和2. 3. 5 義英法印叙目 諸記録72
1802 享和2.
3. 5 除紅紫色衣免許(→法印昶運) 寺蔵
1802 享和2.
3. 5 法印任命(→印昶運) 寺蔵
1802
3. 9 継目之式 諸記録2
1802
3.10 平等院で阿闍梨位相勤相済 諸記録2
1802 享和2.
3.10 阿闍梨職位任命(義弁→昶運) 寺蔵
1802
3.27 昶運帰寺 諸記録2
1802
6.27 隠寮普請造作大都出来ニ付昶慶師被引移、昶運丈室江住在 諸記録3
1802
7.18 平等院より書状(9月22日に普門寺ニ而落手 諸記録3
1802
7.25 入院之式 諸記録3
1802 享和2.
7.25 入院祝儀受納帳(昶運代) 寺蔵
1802 享和2.
7.25 入院披露帳(昶運代) 寺蔵
1802 享和2.
7.25 入院諸掛覚(昶運代) 寺蔵
1802
7.26 村方惣百姓不残登山祝儀先例之通上ル目見相済 諸記録4
1802
8.11 遠州大山大山寺江書状差出 諸記録4
1802
8. 8 江州堀田豊前守殿内松林氏江書状差出(例年7月に来る書状の返翰) 諸記録4
1802
8.27 入院届の為赤坂御役所江罷出(代官小野田三郎右衛門元〆小原東作) 諸記録4
1802
9. 4 近在入院披露 諸記録5
1802
9.14 14日から25日まで挨拶回り 諸記録5
1802 享和2.
登南山道中日記(昶運) 寺蔵
1803 享和3. 葵亥 6.19 平松三家鎮守稲荷大明神社一宇并諸眷族等社一宇新造 諸記録5
1803 享和3. 葵亥 6. 稲荷大明神新造立、稲荷明神諸眷族等社(国府三家鎮守棟札、財賀寺勧請師昶運) 永日記
1803 享和3. 葵亥 7. 7 御触章到来(酒造之儀等并国郡村仮名附帳差出) 諸記録6
1803 享和3. 葵亥 6. 国郡村仮名附帳(財賀寺→御勘定所) 諸記録6
1803 享和3. 葵亥 7. 国郡村仮名附帳差出口上(財賀寺→両御在番所御役僧中) 諸記録6
1803
8. 9 結衆沙汰長仙寺江順達(昨年9月6日冨賀寺より到来のもの) 諸記録7
1803
8.17 国郡村仮名附帳之儀ニ付再触 諸記録7
1803 享和3. 8. 国郡村仮名附帳、宗旨証文、鉄砲証文の覚(三州財賀村財賀寺→江戸芝弐本榎高野御屋敷両御在番所御役僧中) 諸記録9
1803
7.晦 郡村仮名附帳について書状到来(江戸芝弐本榎高野屋敷役僧悲願院→財賀寺法衲)8.25 諸記録9
1803
8. 国郡村仮名附帳の覚(三州財賀寺→江戸芝弐本榎高野御屋敷両御在番所御役僧中) 諸記録10
1803
8.26 悲願院江返書の扣(三州財賀寺→江戸芝弐本榎高野御屋敷御役僧悲願院) 諸記録11
1804
甲子
1804 文化元.
3.15 人別改之儀(小野田三郎右衛門殿手代小原東作→財賀寺御役僧中) 諸記録12
1804
3.16 役僧教山房赤坂御役所江罷出請書(財賀寺役僧→赤坂御役所) 諸記録13
1804 文化元. 甲子 5. 3 文化改元之御触 諸記録13
1804
6. 当子年人別御改年ニ付江戸在番より廻状到来、7月1日差出 諸記録13
1804
7. 6 普門寺隠居建幢院義什上人示寂 諸記録13
1804
10. 1 真能房加行結願(3月4日開白) 諸記録14
1804
11. 6 平等院主寺務御昇進ニ付遠三末寺方江廻文、12月2日迄相談(平等院役僧真福院→) 諸記録15
1804
11. 6 青巌寺移転用意金致助成呉候様廻文(平等院役僧真福院→当寺、摩訶耶寺) 諸記録15
1804
11.10 御代官場所替之趣并国役金上納之義書状到来(小野田三郎右衛門殿元〆小原東作→) 諸記録16
1804
11.20 小原氏暇乞い 諸記録16
1804 文化元.
11. 手札案(小野三郎右衛門殿より松下内匠殿江赤坂御役所引渡) 古記天
1804
11.28 (代官)引渡等相済 諸記録17
1804
12. 2 赤坂御代官松下内匠殿御引越ニ付代僧ニ而右御歓申入ル 諸記録16
1805 文化2. 乙丑 2. 3 平等院主寺務御昇進ニ付六院ニ而15両上納之積ニ相決 諸記録17
1805
3.27 隔意候ニ付書状、7月25日迄内談(平等院役僧真福院→財賀寺、法言寺) 諸記録18
1805
3. 6 岩間寺弟子円成房於当山加行開白、9月14日結願 諸記録20
1805 文化2. 乙丑 3. 熊野三所権現社上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師英尊教山房) 永日記
1805 文化2. 乙丑 4. 6 牧野豊前守殿末家駿府奉行牧野勒負内宮市右衛門当山由緒尋ねる 古記地
1805 文化2.
9. 宗旨証文之事(財賀寺→江戸芝弐本榎高野御屋鋪両在番所) 寺蔵
1805 文化2. 乙丑 9. 宗旨証文之事(財賀寺→江戸芝貳本榎高野御屋鋪両御在番所) 古記地
1805 文化2. 乙丑 9. 鉄炮証文之事(財賀寺→江戸芝貳本榎高野御屋鋪両御在番所) 古記地
1805 文化2. 乙丑 9. 宗旨・鉄炮証文口上(財賀寺→江戸芝貳本榎高野御屋鋪両御在番所御役僧中) 古記地
1805 文化2.
11. 覚(諸川国役普請ニ付高役金上納書上)(財賀寺役僧→赤坂役所) 寺蔵
1805 文化2. 乙丑 11. 覚(諸川国役普請ニ付高役金上納書上)(財賀寺役僧→赤坂役所) 古記天
1806
2.20 今年宗門御改ニ付帳面差上候様申渡す、3月20日期限 諸記録20
1806 文化3. 丙寅 3.10 昶如上人23回忌引上 諸記録20
1806 文化3. 丙寅 3.  八幡宮上葺(稲束村棟札、遷宮師財賀寺住侶大法師英尊教山房) 永日記
1806 文化3. 丙寅 4. 白鬚大明神社上葺(額田郡鳥河村棟札、遷宮師陀羅尼山住侶昶周) 永日記
1806
5.19 教寛房、他寺都合4人、共1人登山、入檀無滞相済、6月17日帰山 諸記録21
1806 文化3.
5.23 上人号免許(→上人昶慶) 寺蔵
1806 文化3.
12.  御祈所(岩城城主安藤対馬守の武運長久) 寺蔵
1806 文化3.
12.  御祈所(岩城城主安藤対馬守の武運長久) 寺蔵
1807 文化4. 丁卯 2.20 今年五人組改ニ付帳面致上納候様申渡す、3月20日期限 諸記録21
1807
4. 5 高野山大門金燈籠勧物金2両2分 諸記録21
1807
7.10 来年理源大師九百回御忌ニ付奠香料差上之御触(高野屋敷→) 諸記録21
1807 文化4. 丁未 8. 犬頭宮上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺住侶義覚真順房) 永日記
1807
9.14 法言寺入院披露入来 諸記録22
1807
9.14 桜井寺江行 諸記録22
1807 文化4.
東武参勤年鑑 寺蔵
1808 文化5. 戊辰 1.12 年頭御礼順年ニ付出府、2月24日帰山まで詳細 諸記録22
1808
2.20 今年宗旨人別改年ニ付上納致候様申渡す、3月20日期限 諸記録25
1808 文化5. 戊辰 8. 四天王寺焼失ニ付再建助成勧化の覚(三州宝飯郡財賀村財賀寺役僧→赤坂御役所) 諸記録26
1808
7.25 大風吹本堂前代未聞之大破、仮殿相談取掛 諸記録26
1808 文化5. 7.25 大風吹当山本堂大ニ破壊 古記天
1808 文化5. 8. (本堂)大風ニ而破損 本堂棟札
1808
9.23 本堂仮殿棟上、12月下旬迄荒方出来 諸記録27
1808
12.12 田、木綿凶作ニ付百姓に銭を下給 諸記録28
1808
12.28 本堂仮殿大都造畢ニ付内入仏理趣三昧一会 諸記録28
1809 文化6. 己巳 正. 6 赤坂御役所江代僧を以年始礼申上候、 諸記録28
1809 文化6. 己巳 正. 161石余と163石2斗8升9合の違いについて(財賀寺役僧→赤坂御役所) 諸記録29
1809 文化6. 己巳 正. 161石余と163石2斗8升9合の違いについて(財賀寺役僧→赤坂役所) 古記天
1809 文化6. 1. 161石余と163石2斗8升9合の違いについて(西村嘉伝治の尋、財賀寺役僧→赤坂役所) 古記天64
1809 文化6. 己巳 1. 新切田畑について 古記地
1809 文化6.
1. 9 西村嘉伝治の尋、問い合わせ書状(冨永菅右衛門→財賀寺御役僧中) 古記天64
1809
1.28 本堂再建ニ付法縁之寺院并近所町在有縁之衆招き示談 諸記録30
1809
2. 4 本堂再建ニ付近村23ケ村役人中招き、再建取持ちを頼む 諸記録30
1809
3.28 本堂再建相催申候ニ付赤坂御役所へ届候口上 諸記録30
1809 文化6. 3. 本堂再建の口上で済んだので使わなかった書付(財賀寺役僧→赤坂御役所) 諸記録30
1809 文化6. 3. 本堂再建の口上で済まぬ場合の書付(財賀寺役僧→赤坂役所、提出せず) 古記天
1809
4. 6 高野山西院谷大火本寺平等院類焼ニ付廻達、御見舞差登 諸記録31
1809
8. 5 本堂再建のための大黒講初会 諸記録32
1809
9.10 本堂再建のための奉加頼母子初会 諸記録32
1809
9.15 高野山平等院再建助成の為東西門中残らず摩訶耶寺江集会 諸記録32
1809 文化6.
10. 覚(東海道筋普請ニ付役金上納)(財賀寺役僧→赤坂役所) 寺蔵
1809 文化6.
10. 覚(東海道筋普請ニ付役金上納)(財賀寺役僧→赤坂役所)写 寺蔵
1810 文化7. 庚午 2.下 宗旨人別帳相納申候様村役人共へ申渡ス、3月20日期限 諸記録33
1810
7. 2 寺中人数諸并門前百姓人別帳鉄炮証文、南山中院瑜祇塔再建勧物(→江戸高野在番所) 諸記録33
1810
8. 6 高野山平等院役僧月輪院入来 諸記録33
1810
7. 籠前本堂仮殿前、礼堂一宇新建立 諸記録34
1810
3.下 仁王門南西側葺替并玄関唐破風表裏共ニ文殊惣葺替 諸記録34
1810
9. 1 平等院役僧月輪院入来 諸記録34
1810
9.22 冨賀寺登山ニ付立寄 諸記録35
1810
9.10 先々師昶如上人27回忌引上 諸記録35
1810 文化7. 庚午 11. 大福寺浄賢不審ニ付(冨賀寺、法言寺、摩訶耶寺、普門寺、財賀寺→平等院月輪院) 古記地
1810 文化7.
12.11 第10世住職昶慶逝去 過去帳、位牌
1810
12.11 昶慶上人御遷化 諸記録36
1810
12.17 (昶慶)葬式 諸記録36
1810 文化7. 庚午 12. 年頭断口上書差出(昶慶上人示寂ニ付、財賀寺役僧→赤坂役所) 古記天
1810
12.22 普門寺隠居義純師円寂 諸記録36
1811 文化8. 辛未 1.22 (普門寺)義純法印葬儀 諸記録36
1811
2. 1 真純房円成房両僧汀登山 諸記録37
1811
1.17 組頭作久右エ門義老病身ニ付退役願出 諸記録37
1811
2. 4 (組頭)後役孫左エ門江申渡ス、庄屋同道ニ而役僧迄目見相済帰り申候 諸記録37
1811
2.下 五人組帳面并鉄炮証文相納申候様村役人共へ申渡す、3月20日期限 諸記録37
1811 文化8. 辛未 ウ2. 涅槃図(門谷寺、学全代) 寺蔵
1811 文化8. 辛未 ウ2.25 犬頭宮上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀密寺住侶光海) 永日記
1811 文化8. 辛未 3.16 (本堂再建)釿始 本堂棟札
1811
4.27 嵯峨法輪寺堂舎破損ニ付銀二朱赤坂役所江差出(巳10月に破損、午2月御触) 古記天
1811
5.28 門谷寺看住順海房病身ニ而退度 諸記録38
1811
8.11 先師昶慶上人一周忌引上、土砂加持勤行 諸記録38
1811
10.23 例年差出候国役金并熊野那智新宮勧物 諸記録38
1811 文化8. 辛未 10. 那智新宮に南繚壱片上納(財賀寺役僧→赤坂御役所) 諸記録38
1811 文化8. 辛未 10. 那智新宮に南繚壱片上納(財賀寺役僧→赤坂御役所) 古記天
1811
12.20 桂丸剃髪、祝義之儀は9年1月20日 諸記録39
1812 文化9. 壬申 1.20 諦善房剃髪祝義 諸記録39
1812
2.下 宗門改年ニ付三月中相納メ申候様申渡す 諸記録39
1812 文化9. 壬申 4.29 住吉大明神上葺(宝飯郡大前村棟札、遷宮師財賀密寺住侶光海) 永日記U
1812 文化9. 壬申 5.23 昶運5月5日より発病、23日逝去 永日記
1812 文化9. 壬申 5.23 第11世住職昶運逝去 過去帳、位牌
1812 文化9. 壬申 5. 住持昶運病死 古記地
1812
5.28 27日より大雨、28日山崩洪水、29日予定の葬儀延期 永日記
1812
6. 3 葬送相済、摩訶耶寺法憧法印導師、4日三日目の法事 永日記
1812 文化9. 壬申 8.19 遠州大山村大山寺昶厳に遺状により付属、財賀寺より迎えに行く 古記地
1812 文化9. 壬申 8.20 昶厳財賀寺へ転住 古記地
1812
申年免定 永日記
1814 文化11. 5. 色衣・上人号免許に付3両1分拝借(財賀寺昶厳、大福寺天麗→嵯峨御所川窪備中法橋) 古記天
1814 文化11. 甲戌 6.12 八所大権現遷宮上葺 永日記
1814 文化11. 甲戌 6. 八所大権現遷宮上葺(棟札、現住法印昶厳) 永日記
1814 文化11. 甲戌 6. 上葺東照大権現宮(現住法印昶厳) 永日記
1814 文化11. 10. 三十三観音同時開帳の願(田中三郎兵衛他→第八番御札所財賀寺御役僧中) 永日記C-15-154
1814 文化11.
12. 御礼登城之節衣躰書上覚(宝飯郡財賀村財賀寺→高野山学侶両御在番所) 寺蔵
1814 文化11.
12. 御礼登城之節衣躰書上覚(財賀寺→高野山学侶両御在番所) 寺蔵
1814 文化11. 甲戌 12. 御触到来 古記地
1814 文化11. 12. 御礼登城之節衣躰書上覚(財賀寺→高野山学侶両御在番所) 古記地
1814
12. 5 衣躰について(大福寺、摩訶耶寺、財賀寺昶厳→両御在番所御役僧中) 古記地
1815 文化12. 乙亥 正.12 年頭御礼順年ニ付発駕、20日江戸着、28日御年礼、2月16日巻数献上、24日帰峯 永日記C-15-153
1815 文化12. 乙亥 正. 正月御年礼巻数献上の手札 寺蔵C‐6
1815
2.27 3月29日迄三十三日間、当国三拾三所観音同時一同之御開帳 永日記
1815 文化12. 当国三十三所一統開帳 永日記C-15-154
1815 文化12. 2. ご詠歌額奉納 寺蔵
1815
3.17 東照宮二百回遠忌、当山ニ於茂理趣三昧相勤 永日記
1816
3.19 人別帳御改年ニ付在番所より御触到来、5月23日差出 永日記
1815
4. 1 赤坂御代官伊奈玄番殿御引越御歓申入ル、閉帳届相済 永日記C-15-155
1815 文化12. 乙亥 4.17 東照宮二百回遠忌、遠三門中大福寺会所ニ庭儀曼陀羅供修行 永日記C-15-156
1815 文化12.
8.16 潅頂(義弁→昶厳) 寺蔵
1819 文政2.
四季三千句合額奉納(句会は文化14年2月らしい) 本堂掲示
1819 文政2.
2. 甘藷植附并砂糖製作無御座段書上(宝飯郡財賀村財賀寺→御勘定所) 寺蔵
1819 文政2.
2. 甘藷植附并砂糖製作無御座段書上(財賀寺→御勘定所江戸芝貳御屋鋪両御在番所) 寺蔵
1819 文政2. 2. 甘藷植附并砂糖製作一切不仕(財賀寺→江戸芝貳本榎高野御屋鋪両御在番所) 古記地
1819 文政2. 4. 甘藷植付砂糖製作者一人モ無御座候(宝飯郡財賀寺役僧→赤坂御役所) 古記天
1819 文政2. 己卯 4. 熊野三所権現社上葺(下千両村棟札、遷宮師財賀寺住侶大法師光貫明慶房) 永日記
1821 文政4. 辛巳 1.28 御代官場所替之趣申来ル(伊奈友之助殿元〆秦純右エ門→) 諸記録40
1821
1.28 (代官)引渡等相済 諸記録40
1821
2. 3 赤坂御代官羽倉外記殿御引越ニ付右御歓申入ル 諸記録40
1821 文政4. 辛巳 3. 白鬚大明神社上葺(額田郡鳥河村棟札、遷宮師財賀寺住侶義峯) 永日記
1821 文政4. 辛巳 6. 駿州臨済寺に上納(財賀寺役僧→赤坂御役所) 古記天
1821
12. 2 年頭御断使者出立、8日江戸着、19日帰国 永日記
1821 文政4. 辛巳 12. 来午正月御年頭御断写(財賀寺→江戸芝貳本榎高野御屋鋪両御在番所) 永日記
1821
12. 御年頭御断口上之覚(財賀寺→芝貳本榎高野御屋鋪両御在番所御役僧中) 永日記
1821
12. 在番より請取之写(年頭番親王院役僧、吉祥院→財賀寺使中) 永日記
1821 文政4.
12. 本山への礼状控 寺蔵
1822 文政5.
地築唄の額 寺蔵
1822 文政5.
9. 昶秀永範房、3月よりの加行結願(住持病気ニ付普門寺義英法印江頼) 永日記
1823 文政6. 葵未 1. 6 平等院御在番ニ付江府参勤御油宿で各寺院と対面(真福院慈雲→各寺院) 諸記録44
1823
2. 4 平等院御油着、各寺院相談之上、祝いの詳細 諸記録46
1823 文政6. 葵未 8.12 本堂上棟 諸記録48
1823 文政6. 葵未 8.12 (本堂再建)上棟 本堂棟札
1824 文政7. 甲申 3. 5 平等院在番通行之節先例ニ相異御取扱(各寺院→平等院様御役僧真福院) 諸記録50
1824 文政7.
富興行 ほのくに1972.5
1825 文政8. 仲秋 大悲閣入仏永額句奉納? 本堂掲示
1825 文政8. 12.20 第12世住職昶厳逝去 過去帳、位牌
1826 文政9.
正. 義莫代入院并記録 寺蔵
1826 文政9.
2. 2 香典諸納帳昶厳上人(義英代) 寺蔵
1826 文政9.
2. 2 昶厳大和尚送葬諸寺院謝礼帳 寺蔵
1826 文政9. 丙戌 8. 熊野三所権現社上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺住侶大法師義然教傳房) 永日記
1826 文政9. 丙戌 8. 諏訪大明神社上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺住侶大法師義然教傳房) 永日記
1826 文政9. 丙戌 9. 八所権現拝殿再建立(棟札、陀羅尼山財賀寺現住義英) 永日記
1826 文政9. 9.7 宮殿堂共再建のため富興行の許可願い 岩瀬さよ子所蔵/豊川市
1826 文政9. 丙戌 義英所移之砌 永日記
1827 文政10.
入院賀儀受納帳(義英上人代) 寺蔵
1827 文政10.
入院披露帳(昶英代) 寺蔵
1829 文政12.
正. 覚(御年礼・御祈祷に付)(財賀寺→高屋御屋敷両御在番所) 寺蔵
1829 文政12.
正. 村中吉左右衛門山林に松杉苗植込始め 永日記
1829 文政12. 己丑 10. 2 昶雅祥雲房加行結願 永日記
1829 文政12.
11. 財賀寺山林植付寄特ニ付落葉運上納米免除状(財賀寺役者→庄屋組頭中) 寺蔵
1830 文政13. 庚寅 ウ3.26 犬頭宮上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺住侶昶光) 永日記
1831 天保2. 当国三十三所一統開帳 永日記
1831 天保2.
11.11 弘法大師千年忌に付仁孝天皇綸旨写(左中将→東寺門徒中) 寺蔵
1831 天保2.
11.11 仁孝天皇綸旨に付添書(覚勝院権僧正・聖無動院大僧都→真言諸寺院中) 寺蔵
1831 天保2.
11.11 仁孝天皇綸旨回遠添書(宝綸院権僧正・観智院僧正) 寺蔵
1831 天保2. 12. 本山講東西門中ニ而弐度ニ金六拾両登セ候 諸記録53
1832 天保3. 壬辰 2. 国高調べの御触到来 寺蔵
1832 天保3. 壬辰 5.20 平等院より来午年大師一千年遠忌ニ付使僧来ル 諸記録52
1832
4.21 御遠忌相近寄候ニ付御助成之儀御頼(平等院役僧中→財賀寺) 諸記録53
1832 天保3.
4. 三河国宝飯郡財賀村高帳(財賀寺→勘定所) 寺蔵
1832 天保3. 4. 三河国宝飯郡財賀村高帳(三河国財賀寺→御勘定所) 古記天67
1832
5.10 御国高調ニ付口上の覚(三州財賀村財賀寺→芝貳本榎高野御寺両御在番所御役僧中) 古記天
1832 天保3.
10.11 御国高改に廻村の通達状(里村保助他→財賀寺御役僧中) 古記天
1832 天保3.
10.  田畑名寄帳(財賀寺総百姓) 寺蔵
1832 天保3. 壬辰 ウ11.3 御国高改に廻村の通達状(上千両村より順達、平尾村へ順達) 古記天
1832 天保3. 11. 5 寺院高調べの状況 古記天
1833 天保4. 葵巳 4. 白鬚大明神社上葺(額田郡鳥河村棟札、遷宮師財賀寺住侶昶光) 永日記
1834 天保5. 甲午 2.30 彦兵衛養子熊太郎儀御役見習被仰付(里村保助他2名→財賀寺役僧中) 諸記録53
1834 天保5. 甲午 4.22 彦兵衛死去 諸記録54
1834
5. 4 彦兵衛死去ニ付伜熊太郎跡御役被仰付(里村保助他2名→財賀寺役僧中) 諸記録54
1834
3.19 高祖大師一千年御忌21日迄開扉荘厳 諸記録55
1834
3. 平等院江六ケ寺ニ而金三両香料奉納 諸記録55
1834
12. 7 平等院光雅上綱暁天 諸記録55
1834
12.28 平等院光雅上綱暁天、継席之式無滞相済(平等院増明→財賀寺法衲) 諸記録56
1835 天保6. 乙未 2.28 本寺へ悔状金二朱、入院祝儀金壱分 諸記録56
1835
9.17 平等院への扶助願い(龍光院増應→各6寺院) 諸記録57
1836 天保7. 丙申 春中雨繁く4月より秋之末頃迄雨繁、8月13日大風 永日記
1836
貫道門谷寺留守居 諸記録58
1837 天保8. 丁酉 6. 熊野三所権現社上葺(下千両村遷宮棟札、遷宮師財賀寺住侶大法師義応真明房) 永日記
1837 天保8. 丁酉 9. 5 門谷寺留守居貫道傳法灌頂之儀御願(財賀寺義英→平等院様御同宿中) 諸記録58
1837
10. 3 貫道傳法灌頂の御礼(財賀寺→平等院様御同宿中) 諸記録59
1837
10. 4 義英、昶雅両僧之印信写し3通づつ差出(→平等院) 諸記録59
1838
9. 8 嵯峨御所へ御助成8月3日当着の請取書(無量寿院役僧→財賀寺他2寺) 諸記録60
1838
9. 5 嵯山江壱両宛御助成感に入る(無量寿院→財賀寺他2寺) 諸記録62
1838 天保9. 戊戌 9.23 嵯峨御所御灌頂の事、8月在番所江差出、11年2月書到来 永日記
1839 天保10. 葵亥 4.23 熊野三所大権現社遷宮(長草村棟札、遷宮師財賀寺内義覚真順房) 永日記
1839 天保10. 葵亥 4.23 八幡宮社遷宮(長草村棟札、遷宮師財賀寺内義覚真順房) 永日記
1839 天保10. 葵亥 4.23 牛頭天王社修理(長草村棟札、遷宮師陀羅尼山財賀寺住侶義覚真順) 永日記
1839 天保10. 5.14 義證、真観、登山交衆之儀御頼み(財賀寺義英→高野山平等院様御同宿中) 諸記録63
1839 天保10. 7.吉 大悲殿額塗り直し 大悲殿額裏面
1839 天保10.
9.11 財賀寺領之事(慎徳院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1839 天保10.
9.11 財賀寺領之事(慎徳院様御朱印) 古記天
1840 天保11.
2. 宮殿の壁板を附与 宮殿壁板裏面
1840 天保11. 7. 御触ニ付任安永年中記録宗旨¥鉄砲証文差出(財賀寺→両御在番所御役僧中) 永日記
1841
自坊焼失、以後仮家(弘化3年6月文書にあり) 古記天
1841
自坊焼失、以後仮家(弘化3年6月文書にあり) 諸記録98
1841 天保12. ウ1.18 庫裏台所より出火、書院玄関護摩堂土蔵焼失 古記地
1841 天保12. ウ1.19 出火、焼失の届(三州宝飯郡財賀村財賀寺役僧常曉→赤坂御役所) 古記地
1841 天保12. ウ1.15 真明、探宣両人高野山江出立、2月13日帰寺 諸記録64
1841
2. 4 弟子探宣真明入檀相済(平等院→財賀寺法衲) 諸記録64
1841
ウ1.13 12日に集議被申付致昇進(平等院増明→財賀寺法衲) 諸記録64
1841 天保12. ウ1.19 18日に庫裏台所より出火(財賀寺役僧常暁→赤坂御役所) 諸記録66
1841 天保12. 10. 焼滅した仏像を記す 諸記録66
1841 天保12. ウ1.20 18日の諸堂焼失の知らせ(財賀寺実名→平等院様御役僧真福院) 諸記録67
1841
3. 1 飛脚、賃代あらまし口上之覚(尾張や新七→) 諸記録68
1841
2.11 火出の御見舞(平等院→財賀寺法衲) 諸記録68
1841
集議昇進の祝い(財賀寺義英→平等院御同宿中) 諸記録69
1841
3.10 焼失の御見舞御礼(財賀寺義英→平等院御同宿中) 諸記録69
1841
1.15 御伺書(冨賀寺→在府井関兵部) 諸記録70
1841
義英上人号の件(嵯峨御所川邊靭負頼実他4名→冨賀寺御坊) 諸記録70
1841
5.13 書状7月中旬当着(嵯峨御所井関→冨賀寺) 諸記録73
1841
義英上人号お願い(冨賀寺→嵯峨御所川邊靭負頼実他4名) 諸記録73
1841 天保12. 6. 7 御朱印渡りの事(赤坂庄左衛門代善平→御役僧中) 永日記
1841 天保12. 6. 御朱印御請書の事(三州宝飯郡財賀村財賀寺→小笠原信助) 古記天
1841 天保12. 6. 御朱印御請書の事(三州宝飯郡財賀村財賀寺→小笠原信助) 永日記
1841
9.20 借金返済催促状(財賀寺→高建院) 諸記録71
1841 天保12. 9. 奉願上人号(財賀寺義英、証人冨賀寺隆慶→嵯峨御所出世御奉行) 諸記録72
1841 天保12. 9. 奉願上人号(財賀寺義英、証人冨賀寺隆慶→嵯峨御所出世奉行) 古記天70
1841 天保12.
11.16 上人号免許(→上人義英) 寺蔵
1842 天保13.
3月5日平等院様江戸御在番ニ付御油善十郎ニ而御休、代僧探善御目通 諸記録75
1842
2.10 御礼状(財賀寺他5寺院→平等院尊衲様御役僧中) 諸記録76
1842 天保13.
2.  御影供養文(探善) 寺蔵
1842
3. 4 御礼状(平等院増明→財賀寺他5寺院) 諸記録78
1842 天保13. 壬寅 3. 稲荷大明神社造立(大崎村棟札、遷宮師財賀寺住侶義覚真順房) 永日記
1842 天保13. 壬寅 3. 山王大権現造立(大崎村棟札、遷宮師財賀寺住侶義覚真順房) 永日記
1842 天保13. 壬寅 3. 尊重護穀大妙神社(大崎村棟札、遷宮師財賀寺住侶義覚真順房) 永日記
1842 天保13. 壬寅 3. 伊雑皇太神宮造立(大崎村棟札、遷宮師財賀寺住侶義覚真順房) 永日記
1842 天保13. 4. 参府の御祝儀の礼状(平等院役僧総陽院鑁旭→財賀寺、普門寺、法言寺) 諸記録79
1842
7. 2 普門寺英章隠居、財賀寺弟子義證後住の許容の御願い(財賀寺義英→平等院様御同宿中) 諸記録80
1842
7. 5 普門寺英章隠居、財賀寺弟子義證後住の許容の御願い(法言寺英福→平等院様御同宿) 諸記録81
1842
7. 5 普門寺英章隠居、財賀寺弟子義證後住の許容の御願い(普門寺英章→平等院様御同宿中) 諸記録82
1842 天保13. 壬寅 8.28 御代官小笠原信助殿替り候、跡役山上藤一郎殿 諸記録83
1842
9. 1 御代官替りの書状来ル(山口順蔵→財賀寺御役僧中) 諸記録83
1842
9.23 普門寺英章隠居、財賀寺弟子義證後住の相済(平等院役僧→財賀寺様) 諸記録84
1842
6.15 江府在番無滞相済(平等院増明→財賀寺他4寺院) 諸記録84
1842
8.20 平等院返事之事(真福院→財賀寺他4寺院) 諸記録86
1842
7.16 大福寺江戸御出立、19日帰国 諸記録85
1842
10.12 9月1日の高野山檀場出火の知らせ、見舞金の相談(大福寺→財賀寺他2寺) 諸記録86,88
1842
9.22 9月1日の高野山檀場焼失の御見舞(→平等院貴衲) 諸記録87
1842
12. 2 閏9月1日の焼失の見舞い金三百疋受納(平等院→財賀寺他5寺院) 諸記録88
1843 天保14. 葵卯 正. 2 正月七年目御年礼年、病気ニ付御断書差出、2日出立9日相済 永日記
1843 天保14. 正. 神君様由緒につき摩訶耶寺海尊年頭参府 古記地
1843
3. 8 鴻巣勝願寺御免勧化、村方より取集め赤坂御役所へ差出(元〆山口順蔵) 永日記
1843 天保14. 6. 年始御礼の仕来(財賀寺→) 古記地
1843 天保14. 葵卯 6. 在番所へ塔司末寺の報告 永日記
1843 天保14.
9. 糟谷磯丸歌碑「世々へても・・」 額田郡樫山、小太郎橋畔
1844 弘化元.
八拾八ケ所寄進名前帳(願主小泉左次右衛門) 寺蔵
1844 弘化元.
初冬 八拾八ケ所寄進記 寺蔵
1845 弘化2.
2.  血脈図(隆快→義宣) 寺蔵
1845 弘化2.
8.15 千光眼院之室永帯之事(→財賀寺) 寺蔵
1845 弘化2. 10. 1 橋尾村小林忠兵衛、不動明王燈明料金壱両奉納 永日記
1845 弘化2.
11. 建立講見舞受納帳(会所) 寺蔵
1846 弘化3. 丙午 5.19 御山内并御寺領人別之儀ニ付相談呼び出し(山口順蔵→財賀寺御役僧中) 諸記録92
1846 弘化3. 丙午 5.21 差出を断り、口上のみ(三州宝飯郡財賀寺役僧探善→赤坂御役所) 諸記録92
1846 弘化3. ウ5. 7 永世兼帯推挽願い(赤岩寺、普門寺、財賀寺義英、証人冨賀寺→嵯峨御所御評席御中) 諸記録93
1846 弘化3. ウ5. 礼禄20両は相違なく、一札差入申候(冨賀寺→嵯峨御所雨宝院) 諸記録96
1846 弘化3. ウ5. 永世兼帯推挽願い(赤岩寺、普門寺、財賀寺義英、証人冨賀寺→嵯峨御所御評席中) 諸記録96
1846 弘化3. 6. 永世兼帯推挽願い関連起立書(財賀寺→嵯峨御所御評席中) 諸記録98
1846 弘化3. ウ5. 永世兼帯推挽願い(赤岩寺、普門寺、財賀寺義英、証人冨賀寺→嵯峨御所御評席中) 古記天
1846 弘化3. 6. 永世兼帯推挽願い関連起立書(財賀寺→嵯峨御所御評席中) 古記天
1846 弘化3.
8.15 千光眼院之室永帯許可(→三河国宝飯郡陀羅尼山財賀寺) 寺蔵
1846 弘化3.
8. 千光眼院之室菊紋附帳燈外永兼帯許可ニ付(嵯峨御所他→三河国宝飯郡陀羅尼山千光眼院) 寺蔵
1846 弘化3.
8. 千光眼院之室永兼帯免許(嵯峨御所渡辺安房守他4名→千光眼院) 寺蔵
1846 弘化3. 9.19 千光眼院之室兼帯に付(礼状の中にあり) 古記天
1846 弘化3. 丙午 9.19 吉田宿にて嵯峨宮様より御免許御令旨下され、礼禄持参献上ス 諸記録99
1846
9.19 旅宿呉服町丸屋又兵衛ニ一宿、20日帰寺 諸記録99
1847 弘化4. 丁未 2.18 3月18日迄30日間当国三十三所一統開帳 永日記
1847 弘化4. 丁未 3. 当国三十三所一統開帳、仏鍋袋貳千五百袋、夜燈帳四百冊、近村廻村披露 永日記
1847 弘化4. 丁未 4. 東照大権現宝殿上葺(棟札、陀羅尼山財賀寺現住法印義英上人) 永日記
1847 弘化4. 初秋 東照宮様御垂範(慶長18〜宝暦11の各宗関係史料) 寺蔵
1847
三河国名所図絵 復刻版寺蔵
1848 弘化5. 戊申 1.26 人別之儀の提出先についての御問合(赤坂御役所→財賀寺御役僧中) 諸記録102
1848 弘化5. 戊申 1.27 人別之儀は江戸在番所江差出(財賀寺役僧→赤坂御役所) 諸記録102
1848 弘化5. 戊申 3. 2 赤坂御陣屋御役人御替り、岡崎兼三郎2月晦(浅井豊助→財賀寺御役僧中) 諸記録103
1848
3. 8 代僧真順ヲ以先例ノ通手札差出相済 諸記録103
1848 弘化5. 戊申 3. 8 河内国八幡勧化差出(財賀寺役僧→赤坂御役所) 諸記録104
1848 嘉永元
6. 書翰往復控(義宣代) 寺蔵
1848 嘉永元
7.15 第13世住職義英逝去 過去帳、位牌
1848 嘉永元
7.17 義英老内葬行列(義宣代) 寺蔵
1848 嘉永元
9.24 入院賀儀受納帳(義宣代) 寺蔵
1849 嘉永2. 己酉 3. 兼帯許可料20両納入の覚(平等院知事→財賀寺法衲) 古記天
1849 嘉永2. 12. 千光眼院之室兼帯許可の礼状(財賀村財賀寺兼千光眼院→嵯峨御所御執達中) 古記天
1850 嘉永3.
1.  九塔再建奉納出金覚(義宣扣) 寺蔵
1851 嘉永4.
1. 諸事控 寺蔵
1851 嘉永4. 1. 2 普門寺義證真観和尚病死 諸記録105
1851 嘉永4. 1. 7 普門寺義證真観和尚病死ニ付届書差出(財賀寺義宣→平等院様御同宿中) 諸記録105
1851
1.18 普門寺命終驚入、遺状も後住届も無いので早く知らせよ(真福院→財賀寺) 諸記録108
1851
1.18 普門寺命終驚入、遺状も後住届も無いので早く知らせよ(真福院→法言寺) 諸記録109
1851
1.23 遺状で普門寺後住に義覺を、登山受衆の御願い(財賀寺義宣→平等院様御同宿中) 諸記録106
1851
1.23 普門寺後住許容迄兼帯御届(財賀寺義宣→平等院様御同宿中) 諸記録106
1851
2. 4 1月23日付書状を送った旨(財賀寺→真福院) 諸記録110
1851
2. 4 普門寺の後住決定についての問合(真福院→摩訶耶寺他2寺) 諸記録110
1851
2.21 普門寺後住決定に差支無(摩訶耶寺他2寺→真福院) 諸記録112
1851
3.10 普門寺交衆并後住御願(法言寺財賀寺→真福院) 諸記録112
1851
3.10 普門寺兼帯之儀御願(法言寺財賀寺→真福院) 諸記録112
1851
3.23 遺状で普門寺後住に義覺を、登山受衆の御願い(法言寺英福→平等院様御同宿中) 諸記録107
1851
3.23 普門寺後住許容迄兼帯御届(法言寺義宣→平等院様御同宿中) 諸記録107
1851
6.28 両寺に兼帯させ、真順房は3年後に後住に願う(冨賀寺他2寺→平等院様御同宿中) 諸記録114
1851
6.28 両寺に兼帯させ、真順房は3年後に後住に願う(財賀寺法言寺→平等院様御同宿中) 諸記録114
1851 嘉永4. 5. 御朱印高確認の御触 諸記録115
1851 嘉永4. 9. 御朱印高確認(三州宝飯郡財賀村財賀寺→高野山学侶西御在番所) 諸記録116
1854 安政元.
祠堂金證書之事(財賀寺役者→民右衛門) 寺蔵
1854 安政元.
祠堂金證書之事写(財賀寺役者→民右衛門) 寺蔵
1855 安政2.
2. 祭礼之節矢場ニ而怪我人取扱済口記 寺蔵
1855 安政2. 甲卯 3.28 嵯峨御所より之御触章順達7月23日着(井関兵部卿他4名→鳳来寺他6寺) 諸記録117
1855 安政2.
9.11 財賀寺領之事(温恭院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1855 安政2.
9.11 財賀寺領之事(温恭院様御朱印) 古記天
1855 安政2.
霜. 東照宮御遺訓 寺蔵
1855 安政2.
12. 財賀寺梵鐘銘書上(財賀寺→高野山学侶両在番所) 寺蔵
1855 安政2. 乙卯 12. 財賀寺梵鐘銘書上(財賀寺→高野山学侶両御在番所) 古記地
1855 安政2.
祠堂金証書之事写(財賀寺役人→平次良) 寺蔵
1856 安政3.
正. 乍恐御請奉申上候(養子平右衛門心得違に付詫書)(財賀寺本人平右衛門他3名→地頭役人中) 寺蔵
1856 安政3.
2.15 御祭礼的御名寄帳(財賀寺公文所) 寺蔵
1856又は
1868
2.23 梵鐘について(財賀寺義宣→赤坂御役所) 古記天
1856又は
1868
2.23 梵鐘について(門谷寺代本寺財賀寺義宣→赤坂御役所) 古記天
1856 安政3. 丙辰 10. 4 本尊開帳三拾三年目、4年3月10日より4月10日迄(財賀寺役僧→赤坂御役所) 永日記
1856 安政3. 丙辰 10. 開帳立札之義、岡崎、御油、吉田、西郡、豊川、新城、仁王門七ケ所 永日記
1856 安政3. 丙辰 10.20 御朱印寺社取調の通知と処置などの事(佐藤丈助→財賀寺御役僧中) 永日記
1856 安政3. 丙辰 10.22 天保9年5月御朱印御改ニ付写之儀 永日記
1856 安政3. 丙辰 10. 天保12年6月御役所頂戴の事(財賀寺→御役所) 永日記
1856 安政3. 丙辰 11. 千両国府路長沢に立木許可御礼(庄屋八郎左エ門頭源三郎→御領主様御役者中) 古記地
1857 安政4.
1.  金銀出入覚帳(財賀寺納所) 寺蔵
1858 安政5.
1.23 売山入札扣 寺蔵
1858 安政5. 戊午 正. 新宅材木不要につき詫状(本人平右エ門他→陀羅尼山御役者中) 古記地
1858 安政5.
4. 6 伝法潅頂印信・伝法阿闍梨職之事(増明→義観) 寺蔵
1858 安政5.
4. 袖川の記(美草迺屋つねを→) 寺蔵
1858 安政5. 戊午 9.12 住吉大明神修補(宝飯郡大崎村棟札、遷宮師財賀寺孝編俊明房) 永日記U
1858 安政5.
永日記 寺蔵
1859 安政6.
3. 護摩堂再建 護摩堂棟札
1859 安政6.
10. 米炭薪之通 寺蔵
1860 万延元.
6. 高忠順謹白文(遠江国引佐郡井伊山中隠士高忠順) 寺蔵
1860 万延元. 9.5 児御前社再造立(宝飯郡長沢棟札、遷宮師陀羅尼山財賀寺義観舜照房) 永日記U
1860 万延元.
9.11 財賀寺領之事(昭徳院様御朱印) 内閣文庫蔵徳川家判物并黒印第35冊(寺院部)
1860 万延元.
9.11 財賀寺領之事(昭徳院様御朱印) 古記天
1861 万延2. 17 千両小路に乞食体の病死者、隣村にも身寄心当り無し(財賀寺→御地頭所) 古記地
1861 文久元. 3. 仁王門付近の山を2両2分で買い取る証文(民右衛門→御山御納所) 古記天
1861 文久元.
出入手帳 寺蔵
1861 文久元.
宗対馬守・安藤対馬守江差出 寺蔵
1862 文久2.
1.  金銀出入覚帳(羅山内よしみ主) 寺蔵
1862 文久2.
12. 3 小遣帳 寺蔵
1862 文久2.
「さいか」の項あり 『倭訓栞』中編
1862 文久2.
参河國准四国八十八ケ所46番札所として描かれる 冨賀寺蔵絵馬
1863 文久3. 12. 御触(例年正月28日諸国寺社年頭御礼を廃止、以後2月15日に) 古記地
1863 文久3.
係虜事類15集 寺蔵
1864 文久4. 甲子 2.1 賀茂大明神上葺(上萩村、遷宮師陀羅尼山財賀寺義観) 永日記U
1864
甲子
1865 元治1.
3.21 権律師免許(→財賀寺義観) 寺蔵
1865 元治1.
6. 4 伝法潅頂印信・伝法阿闍梨職之事(増明→義観) 寺蔵
1865 元治1. 甲子 8.吉 天満宮ネ下再立(大崎村、遷宮師財賀密寺義覚真順房) 永日記U
1866 慶応2. 丙寅 2. 八王子大権現上葺(額田郡鳥川村、遷宮師陀羅尼山財賀寺住侶義観舜照房) 永日記U
1866 慶応2. 丙寅 2. 白鬚大明神上葺(額田郡鳥川村、遷宮師陀羅尼山財賀寺住侶義観舜照房) 永日記U
1866 慶応2.
9. 義宣の賀の歌2首 『寄方集』(岩瀬文庫)
1867 慶応3.
3.15 千光眼院之室永帯継席許可(当直野路井大蔵卿石塚大和守→財賀寺義観) 寺蔵
1867 慶応3.
霜. 金銀出入覚帳(福泉院) 寺蔵
1867 慶応3.
11.  金銀出入覚(当山納所) 寺蔵
1868 慶応4.
6. 5 権少僧都免許(→権少僧都義観) 寺蔵
1868 慶応4.
8. 高札下書(太政官→三河県) 寺蔵
1868 慶応4.
5. 2 三河国宝飯郡八幡村八幡宮由緒書上(八幡宮神主寺部阿波守→弁事伝達御役所) 寺蔵
1868 明治元. 5. 口上覚(御触并太政官御日誌等ないこと)(財賀寺→御判判所御役人中様) 寺蔵C‐6‐Q
1869 明治2.
3. 財賀寺領租税録写(財賀寺→三河県役所) 寺蔵
1869 明治2.
3.18 権大僧都免許(→財賀寺義観) 寺蔵
1869 明治2.
3.18 法印免許(→財賀寺義観) 寺蔵
1869 明治2.
3.19 千光眼院之室永帯継席許可(当直野路井大蔵卿石塚大和守→財賀寺義観) 寺蔵
1869 明治2.
8. 田畑控高改書出帳(陀羅尼山納所) 寺蔵
1869 明治2.
11. 本山江御達書之写(境県) 寺蔵
1870 明治3.
8. 真言宗古義派本寺末寺号其外明細帳(財賀寺→赤坂郡政御役所) 寺蔵
1871 明治4.
10.  松材積高并諸掛リ差引書 寺蔵
1871 明治4.
鈴木牛七郎履歴 寺蔵
1872 明治5.
4.  小遣并薬用控 寺蔵
1873 明治6.
3.20 路程取調記 寺蔵
1873 明治6.
3.25 路程取調記 寺蔵
1873 明治6.
3.25 路程取調記 寺蔵
1873 明治6.
3. 真言宗古義派本寺末寺号其外明細帳(財賀寺→井関愛知県権令) 寺蔵
1873 明治6.
3. 明治6年財賀寺寺院明細書上(今宮義宣→井関権令) 寺蔵
1873 明治6.
4.25 路程取触書 寺蔵
1873 明治6.
10.  大樹講仕様(大木村) 寺蔵
1875 明治8.
5. 9 地券御指令写 寺蔵
1876 明治9.
5. 逓減禄取調書(第12大区4小区宝飯郡財賀村財賀寺) 寺蔵
1876 明治9. 丙子 2.17 第14世住職義宣逝去 過去帳、位牌
1876 明治9.
2.  盟約書(道路拡巾) 寺蔵
1876 明治9.
3. 返金講仕様(講主渡辺徳佐衛門) 寺蔵
1876 明治9.
11. 大師講人名簿 寺蔵
1877 明治10.
8.18 道路開広願(大代村と財賀寺村間) 寺蔵
1877 明治10.
12. 寺院明細書上げ 寺蔵
1878 明治11.
7. 3 第16世住職徳倉義観逝去 過去帳
1878 明治11.
10.23 逓減禄下賜之願 寺蔵
1878 明治11.
義観上人香糧簿 寺蔵
1879 明治12.
2.  夜燈帳并御供袋配達 寺蔵
1879 明治12.
4.  耕地山林反別税金帳 寺蔵
1880 明治13.
10.27 什物増加記載願(→郡長) 寺蔵
1880 明治13.
11. 米小作取立帳 寺蔵
1880 明治13.
什物類并諸道具取調帳 寺蔵
1880 明治13.
12. 書籍類取調帳(財賀寺世話係) 寺蔵
1881 明治14.
4.  仕僧回邨費簿 寺蔵
1881 明治14.
6.25 保証書 寺蔵
1881 明治14.
6.  金銭借用帳 寺蔵
1881 明治14.
10.  勝手普請諸入用覚 寺蔵
1881 明治14.
11.  植付縁故ニ寄立木御下渡願 寺蔵
1881 明治14.
12.  植付縁故ニ寄立木御下渡願 寺蔵
1881 明治14.
梵鐘御通簿 寺蔵
1881 明治14.
梵鐘施主名簿 寺蔵
1881 明治14.
梵鐘寄附回村帳 寺蔵
1881 明治14.
梵鐘志名簿 寺蔵
1881 明治14.
梵鐘寄附巡村帳 寺蔵
1881 明治14.
梵鐘寄附巡村帳 寺蔵
1882 明治15.
1.吉 青物之御通(八百九→財賀寺様仲納所) 寺蔵
1882 明治15.
1.  年内貢納記載帳 寺蔵
1882 明治15.
4.  梵鐘寄附受納帳 寺蔵
1882 明治15.
4.  白米餅米記帳 寺蔵
1882 明治15.
4.  仏供米致末記 寺蔵
1882 明治15.
4.  回向料到来記 寺蔵
1882 明治15.
4.16 手続書(旧境内山林之内に文政12年松杉を植込の証拠書類焼失のこと) 寺蔵
1882 明治15.
10.  植付縁故ニ寄立木御下渡之再願 寺蔵
1882 明治15.
12.  小作米貢納取立記 寺蔵
1882 明治15.
弘法大師御忌香糧簿 寺蔵
1882 明治15.
梵鐘寄進名前帳 寺蔵
1883 明治16.
1.23 植付縁故ニ寄立木御下渡之儀再願(知事宛) 寺蔵
1883 明治16.
12. 8 植付縁故山林御下渡願(知事宛) 寺蔵
1883 明治16.
16年小作米 寺蔵
1883 明治16.
明治16年分諸入費 寺蔵
1884 明治17.
1.29 植付縁故山林御下渡願ニ付御下問之事項御答書 寺蔵
1884 明治17.
12. 小作米取立帳 寺蔵
1884 明治17.
年内寺当座帳 寺蔵
1885 明治18.
7.  金銭出納簿 寺蔵
1885 明治18.
12. 小作米取立帳 寺蔵
1885 明治18.
財賀寺金子出入帳 寺蔵
1886 明治19.
1.  金銭出方帳 寺蔵
1886 明治19.
2.  白米日記 寺蔵
1886 明治19.
12. 小作米取立帳 寺蔵
1887 明治20.
1.  金銭出方帳 寺蔵
1887 明治20.
8.  保存金御下賜再願書 寺蔵
1887 明治20.
2.  白米日記 寺蔵
1887 明治20.
11.  弘法大師幕寄附名簿(16冊) 寺蔵
1887 明治20.
砂巡導入費 寺蔵
1888 明治21.
1.  入金記帳 寺蔵
1888 明治21.
1.  出金記帳 寺蔵
1888 明治21.
3. 仁王門屋根葺き替え 仁王門鬼板墨書
1888 明治21.
4.  加持土砂回向配分名簿 寺蔵
1888 明治21.
8.  上地官林委託之儀伺追伸 寺蔵
1888 明治21.
9.24 上地官林立木御払下ノ件余木御払下願ニ付伺 寺蔵
1888 明治21.
9.  上地官林余木御払下願之儀ニ付御副伸願 寺蔵
1888 明治21.
11.25 保存金御下賜再願書 寺蔵
1888 明治21.
11.26 保存金御下賜再願書 寺蔵
1888 明治21.
11.  弘法大師幕寄附名簿(25冊) 寺蔵
1888 明治21.
膳ノ綱名簿 寺蔵
1888 明治21.
義宣上人13回忌香糧簿 寺蔵
1889 明治22.
1.  雑費帳 寺蔵
1889 明治22.
4.22 献立 寺蔵
1890 明治23.
1.  財賀寺会計支払帳 寺蔵
1890 明治23.
11.  畦畔改良顛末 寺蔵
1890 明治23.
明治23年陸海演武に付讃詞 寺蔵
1891 明治24.
10.25 盗難届(弘法大師木像)(財賀寺兼住大僧都尾崎英弘外→御油警察近藤勝男) 寺蔵
1891 明治24.
明治24,25年金銭出納簿 寺蔵
1891 明治24.
12.  現境内風損木并枯損木伐採願 寺蔵
1891 明治24.
飯米諸反帳簿 寺蔵
1892 明治25.
3. 2 大師堂再建寄附人名簿 寺蔵
1892 明治25.
3. 財賀寺世話人中 寺蔵
1892 明治25.
4.  大師堂再建有志寄附人名簿 寺蔵
1892 明治25.
9.  現境内倒木伐採願 寺蔵
1892 明治25.
9.  境内倒木折木取調書 寺蔵
1892 明治25.
10.  御料地藪拝借願 寺蔵
1892 明治25.
飯米出入費之帳 寺蔵
1892 明治25.
飯米及諸入用手控 寺蔵
1893 明治26.
11.15 委任状(元財賀寺境内上地還付出願ニ関スル一切之事を竹本林作に委任の事) 寺蔵
1893 明治26.
26年陀羅尼山小会計仮簿 寺蔵
1894 明治27.
明治27,28年戦病死者人名 寺蔵
1895 明治28.
12.  修繕講元金帳 寺蔵
1897 明治30.
3. 4 逓減禄支払 寺蔵
1897 明治30.
4. 1 開帳供養募疏(活版印刷) 寺蔵
1897 明治30.
9.11 御料局増竹御届 寺蔵
1897 明治30.
9.23 逓減禄現存利子消費之書 寺蔵
1897 明治30.
10. 1 寺蔵
1897 明治30.
10. 6 植付縁故山林御下渡願ニ付御下問之事項御答書 寺蔵
1897 明治30.
10. 6 上地山林復旧願 寺蔵
1897 明治30.
10.13 愛知県より願(申請)返戻の添書 寺蔵
1897 明治30.
10.28 申請書申達願 寺蔵
1897 明治30.
10.  該山林を本寺所有に帰する申請 寺蔵
1897 明治30.
開合龍寄縁簿疏綴 寺蔵
1897 明治30.
開帳供養簿寄附名簿綴 寺蔵
1897 明治30.
開帳供養簿疏綴 寺蔵
1898 明治31.
4.12 上地山林下戻申請 寺蔵
1898 明治31.
4.13 上地山林下戻申請 寺蔵
1898 明治31.
6.21 三宅英輝履歴書 寺蔵
1898 明治31.
9.21 法名記念碑建立趣旨 寺蔵
1899 明治32.
1. 4 名勝旧蹟届書式(郡長→) 寺蔵
1900 明治33.
3. 旧反別ト現今ノ民有地ト対照調書(財賀寺住職三宅英熈→小泉源作外4) 寺蔵
1900 明治33.
3. 3 地券証申受帳写(財賀寺住職三宅英熈) 寺蔵
1900 明治33.
3. 3 明治6年6月地引帳写(財賀寺住職三宅英熈) 寺蔵
1900 明治33.
8.30 現宗典法規ヲ遵守スベキ旨通達写 寺蔵
1901 明治34.
3.27 受書 寺蔵
1901 明治34.
3. 御領地払下願 寺蔵
1902 明治35.
1.  大師講新口 寺蔵
1902 明治35.
3. 入学願 寺蔵
1902 明治35.
6. 2 第17世住職尾崎英弘逝去 過去帳、位牌
1902 明治35.
6.28 地価¥地租 寺蔵
1902 明治35.
11.  弘法大師初穂品簿 寺蔵
1902 明治35.
明治35年新口覚 寺蔵
1904 明治37.
9.  平松計太郎入塾証 寺蔵
1904 明治37.
明治37年度収支帳断片 寺蔵
1905 明治38.
4.13 金谷験覚戦死叙勲 寺蔵
1905 明治38.
12.21 大師講料并初穂米帳 寺蔵
1906 明治39.
明治39年度収支帳 寺蔵
1907 明治40.
12.  財賀寺修理講仕様帳 寺蔵
1907 明治40.
佐久間りわ戒名授与願 寺蔵
1908 明治41.
7.15 遍照世界(月刊誌) 寺蔵
1908 明治41.
10.09 帝室林野管理局名古屋支所岡崎出張所→財賀寺三宅熙 寺蔵
1909 明治42.
6.21 有声(月刊誌) 寺蔵
1909 明治42.
義宣上人義観上人33回忌営州脩記 寺蔵
1910 明治43?
十三仏石仏寄進(当山は薬師如来、寺部定敬氏先祖関係)
1910 明治43
12.20 第18世住職三宅英熈逝去 過去帳、位牌
1911 明治44.
18世法印英熙上人一周忌 寺蔵
1924 大正13. 甲子 本尊御開帳
1924 大正13. 甲子 3. 文殊堂燈篭(本尊御開扉之際新調、第十九世賢道代) 文殊堂燈篭
1926 大正15.
9. 1 暴風雨により本堂屋根棟木戸障子格子内陣、写経の大般若破損 本堂棟札
1928 昭和3.
3.25 本堂修繕、仁王門の屋根も鉄板で葺き替える 本堂棟札
1928 昭和3.
文殊堂前手洗鉢設置(森田平次郎、清水春吉) 水屋棟札
1929 昭和4.
7. 5 第19世住職水野賢道逝去 過去帳、位牌、弔
1940 昭和15. 庚辰 9.23 文殊堂宝前水屋新築 水屋棟札
1956 昭和31.
12.26 第22世住職太田啓道逝去 過去帳、位牌
1957 昭和32.
1.29 第23世住職西本昭道就任
1960 昭和35.
3.26 鐘楼堂再建 鐘楼堂棟札
1965 昭和40.
7. 1 お田植祭を豊川市無形文化財に指定
1968 昭和43.
10.1 今川義元安堵状2通を豊川市文化財に指定
1972 昭和47.
11.30 木造地蔵菩薩立像を豊川市文化財に指定
1972 昭和47.
11.30 木造五大明王像を豊川市文化財に指定
1972 昭和47.
11.30 不動明王三尊画像を豊川市文化財に指定
1972 昭和47.
11.30 不動明王画像を豊川市文化財に指定
1976 昭和51.
10.30 今川義元1、氏真2安堵状を豊川市文化財に指定
1978 昭和53.
3.15 木造阿弥陀如来坐像を愛知県文化財に指定
1980 昭和55.
6. 6 金剛力士立像を重要文化財に指定
1982 昭和57.
7.19 関脇朝汐(後の大関)お礼参りに来山
1982 昭和57.
11.26 金剛力士像修理に搬出(阿形)
1983 昭和58.
5.16 金剛力士像修理に搬出(吽形)
1984 昭和59.
6.25 大関琴風必勝祈願来山
1984 昭和59. 甲子 9.23 本尊御開帳始まる(〜10.14まで22日間)
1984 昭和59.
12. 6 金剛力士像を奈良国立博物館に搬送(平成10.10.5帰還)
1986 昭和61.
12. 5 仁王門を豊川市文化財に指定
1987 昭和62.
9. 4 仁王門を愛知県文化財に指定
1989 昭和64.
2.11 白寿観音建立
1990 平成2.
3.19 仁王門、本堂内厨子を重要文化財に指定
1990 平成2.
10.22 阿弥陀如来坐像を修理のため京都美術院へ(〜5.31)
1991 平成3.
9.11 木造観音二十八部衆を豊川市文化財に指定
1994 平成6.
5.11 仁王門前の樅の木伐採
1994 平成6.
12. 1 三河白寿観音霊場会発会(財賀寺にて発会法要)
1995 平成7.
2.13 財賀寺のヒメハルゼミと生息地を豊川市天然記念物に指定
1995 平成7.
9.30 COME BACK 仁王様市民の会発会
1996 平成8.
3.18 木造宝冠阿弥陀如来坐像を愛知県文化財に指定
1996 平成8.
10. 1 仁王門修理始まる(〜平成10.9.30)
1997 平成9.
5.13 本尊御前立を修理のため搬出、同年10月30日帰山
1998 平成10.
10.10 横綱貴乃花奉納土俵入り
1998 平成10.
10.24 仁王様お帰り、仁王門落慶記念御開帳法要(〜11月15日)
2000 平成12.
庫裏4.25地鎮祭、6.17上棟式、10.30完成、11.3落慶祝い
2000 平成12.
11. 3 第24世住職西本全秀就任
2001 平成13.
童謡『やさしい仁王さん』『見ています』創作
2002 平成14.
6.18 愛知県指定文化財木造宝冠阿弥陀如来坐像修理のため搬出、15年10月30日帰山
2004 平成16.
6.13 文殊堂前の樅が倒れ、水屋倒壊
2008 平成20.
3.30 文殊堂宝前水屋再建
2012 平成24.
金剛力士像補修
2012 平成24.
10.15 第23世西本昭道逝去
天正
竹本長三郎氏所有の財賀寺名寄帳 宝飯地方史料目録p25